20代の頃、平家落人伝説の残るとある温泉郷で、週末だけ仲居の仕事をしていた時期があるのだが、そこで出会った人達と、ある日の休憩時間の話をしたいと思う。
週末だけとはいえ、通ううちに顔なじみになり、身の上話を聞いたりするようになっていった。
辛い過去を背負っている人、逃げて来ている人、様々な事情のある人が働いていた。
そんな刺激的な日々を過ごすなかで、業務に支障が出るほど困ることが一つだけあった。
それは、その旅館に常駐している従業員の8割が東北から出稼ぎに来られていて、彼らの話す言葉を聞き取れないのだ。
ただ、聞き取れはしないが、その口調から叱られていることだけは分かるのだ。
最初は黙って聞いているだけだった。
だって、何を言っているのか分からないんだもの。
けれど叱られ続けるうちに、❝謝るタイミング❞に気づいたのだ。
お姐さん達は、話の終わりに必ず
「…だびゃ~?」
と言うのだ。
だびゃ~が出たら私たちは謝る、という技を習得したのだが、相変わらず話の内容は聞き取れないので、その後も叱られる日が続いたことは言うまでもない。
叱られた私たちの所にやって来ては、話の内容をそっと教えてくださった番頭さんは、ご健在だろうか。
また、こんなこともあった。
週末だけ働いていた従業員の多くは東京からやって来ていた。
ある日の休憩時間、先輩方が「町に連れて行ってやる」と週末組の私たちに声を掛けてくださった。
意気揚々と出かけたのは良いが、歩けども歩けども風景は変わらない。
30分程山道を歩き、ようやく町に着いた。
視界に広がる風景は山、山、山。そして、野道を進んだ先に現れたのは、一軒の個人商店。
そ、そうだね、旅館のある場所に比べたら確かに町だ、と週末組は、がっかりする気持ちを何とかなだめる。
町で、どう過ごしたかって?
寒風の吹く冬空の下でアイスキャンディーを1本食べた。
それだけ。
アラフィフ、今日もそろりと生きてます。