遅ればせながら


新年明けましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願い致します。


今年も変わらず、この世界(ブログ)でも、リアルでも、

懲りずに付き合って頂けたら幸いです(笑)


昨年は龍の如くにやってきたつもりでしたが、

昇り切れなかった感じがします。


今年は蛇なので蛇らしくやっていきます。

そのまんまじゃねぇか←1人ツッコミ。


今年はそうですな。

「一進一退」にしましょうかねぇ。


一歩進む勇気。

一歩下がる勇気。


歩数の方が同じだろうか。

それとも勇気の方が同じだろうか。


いずれにせよ、人生には「一進一退」がなければ成長しないのだ。

本題に入る前に、漫画「花の慶次」について語ろうか(笑)


傾奇者(かぶきもの)とは?

「傾く」とは、異風の姿形を好み、

異様な振る舞いや突飛な行動を愛することをさす。


いかなる権力にも屈せず、自分の意志を押し通す

命知らずの大馬鹿者ともいえる。


この作品の原作は「一夢庵風流記」著者は隆慶一郎氏。

編集者曰く、初対面の場所が病室であったという。


そこから「花の慶次」という作品が生まれたのである。

『ひとつの作品を生み出す為に、生命を殺(そ)いでまで隆先生は、かぶいてくれた』

という。


主人公の前田慶次とはどんな男か。

俺が語る必要はないな。読んでみたらいいだろう。


さて、23日はまたまた松本へ行ってきた。

今回は城一周にチャレンジしてみた(笑)



もうひとつの世界
「すごいな。何年前のだろう。」


もうひとつの世界
「井戸を目指してたから、こんなところに。」



もうひとつの世界
「かなり古そう・・・人形店だってなぁ。」


もうひとつの世界



もうひとつの世界



もうひとつの世界
「いつ閉鎖してしまうか分からないし、今しかないと思い、入ってみた」

「そしたら、おばあちゃんが出てきて、手話で話してくれてビックリ(笑)」

「この写真を次行く時にお渡しできたらいいな」



もうひとつの世界



もうひとつの世界



もうひとつの世界



もうひとつの世界
「ランチ。けいすけというお店。」



もうひとつの世界
「松本城の後ろだったかな。」




もうひとつの世界
「屋形船っぽいな。いや、屋形船だよな?」



もうひとつの世界
「旧開智学校。日本でもっとも古い小学校。」



もうひとつの世界



もうひとつの世界
「素敵な夫婦だなぁ。ゆっくりとゆっくりと同じリズムで歩いてた。」



もうひとつの世界



もうひとつの世界
「松本の良さが分かるだろ。」



もうひとつの世界
「告白の垂れ幕(笑)」

「ごまかしてるつもりはないが、何故かブレとるな(笑)」


人や車が結構通るとこで、俺の作った垂れ幕を橋にかかっておいた。

何人かが通る度に笑われたが、まぁハラハラドキドキだったな(笑)

トイレには8回くらいいったかな・・・(笑)



そう。

今回の目的は、告白しに行ったのである。


逃げも隠れもしないし、こっそりとやるつもりもない。

このブログでも、リア友が見て頂いているし、


俺に気がある人がいようと、俺の惚れた女のファンがいようと、

そんなの関係ない。


向こうは単なるファンだと思ってるかもしれないが、

俺はファンとして応援する気はさらさら無い。


惚れちまったら、もう俺の負けなんだ。

だから戦に出て、勝ち取らなきゃ。


恋愛というもんは、戦なんよ。

男を魅せなきゃ、勝ち取れないってもんだ。


告白とかプロポーズとかは、やっぱり傾かなきゃあかんと俺は思うな。

笑い者にされてもいいと思う程の覚悟がないとね。


言葉は多くの場合、心を隠す役しかしない。

行動で示した方が、伝わるもんは伝わる。


告白(プロポーズ)するのに理屈や小細工、保険もいらねぇ。

自分の誠意を見せるだけだし。


これまで出逢った中で一番を選ぶというのは大変悩ましいと思うだろうが、

これでダメだったら、次行こうなどというヤツと一緒にしたくはないんでね。


垂れ幕を作るなどというのはバカげているが、

俺は傾いたぜ。



結果は・・・なんていったらいいんだろ?

惚れた女には前もって連絡してあったんだし、

何も言って来なかったんで。


これはフラれたと思っていいんだろうか。

そうだったとしたら、俺はとんだ笑い者になったな。(笑)



後悔という言葉は俺にはない。

あったことはあったで、それ以上でもそれ以下でもない。


まぁ良い子はマネしないように(笑)

根性のないヤツは無理にやらんでええ(笑)


一番の枠は空いてしまったので、来年また頑張るきゃないな。


そういや、リア友には「なんで未だに未婚なの?」とよく言われるが、

俺はこういうもんだからよ(テヘペロ)

先週末の土日は映画三昧。

土日はゆっくりできそうにないと思い、

三日かかってこまめに、まっすぐ帰宅して掃除、洗濯。


掃除機しか使わなかったのに、雑巾まで使った。

洗濯物はいつもたたまないのに、たたんだ。

なんか主夫みたいだな。どうした、俺(笑)


土曜日は「うまれる」という映画。

こちらをクリック。



タイトルからして、いい意味で俺の予想を裏切ってくれた内容だった。

単なる出産ドキュメンタリーではなかった。


「うまれる」ってのは、そのままの意味だと思った。

この映画に出逢うまでは。

しかし、よく考えてみると「胎内に命が宿った」時点で「うまれる」っていうもんだな。



4組のご家族の「命と絆の物語」。



小さい頃に虐待を受けたことのある妻と親の不仲をずっと見てきた夫。

愛とは何か。良き母になれるのか。良き父になれるのか。


将来を見据えて、これまで頑張ってきた仕事(お金)を捨ててまで、

出産と子育てを中心に生活することを選んだ。



完治しない、18トリソミーという障がいを持つ子を育てる夫婦。

うまれること自体が難しく、うまれても90%の子どもが1年以内に亡くなる。

それが分かっていても、ためらわずに産むことを選んだ。



出産予定日に突然、我が子を失った夫婦。

我が子を抱えて、笑みを見せた夫婦を見て、

「なんで笑っていられるんだ??」と俺は思った。



子を望んだものの、授からない人生を受け入れた夫婦。

妻の気持ちは?夫としての役目は?



映画終了後、監督さんからの貴重なお話を聞けることができた。

『うまれてくれてありがとう』

その一言だけでも、自分の親に言ってみるのもいいんじゃないかということだった。



「胎内記憶」という言葉。

最初、ピンと来なかったんだけど、後から思い出した。


ふわふわしてて、あたたかった。

あれは俺の母のお腹にいた時だったんだ。


どこだったのかも不明だったし、

自分の勝手な想像で作り上げたものだと思っていた。



『TEL』という言葉も出てきた。

Together・・・一緒に。

Expression・・・表現。(愛情表現)

Listen・・・聞く。


この三つがないと、親子の関係にしろ、妻と夫の関係にしろ、

上手くいかない可能性がぐんと高くなるという。



これを聞いたとき、俺は間違っていないと確信した。

コミュニケーションを大切にしないと、すべてがダメになっちゃう。

そう考えていたから。


自慢したいわけじゃないが、いや、自慢したってもいいだろ。 ←1人ツッコミ(笑)

家族も恋人もいない、未婚の俺は正しい答えを知っている。



頭が悪くても、よく考える人、よく悩んでる人は、正しい答えに近いものを見つけられる。

哲学的なことは考えすぎても悪かないと思う。



最高のパートナーを見つけるのは容易いことではない。

なのに、なぜその4組のご家族は、互いに最高のパートナーを見つけられたのだろうか。


最初は普通のパートナーで、ひょんなことから愛で最高に繰り上げることだってある。

それなのではないだろうか。


「好き」だけでは最高のパートナーになれるわけがない。

愛とは、料理でいうと、隠し味のようなもの。

隠し味を入れると、更に美味しくなる。それに似たようなものではないだろうか。



観終わった後、俺はしばらく色々と考えていた。

このタイミングで観たということは何かしらのメッセージを受け取っていた気がする。


この映画は手話サークルで紹介されたものだが、

邦画だし、手話とは全く関係のない内容だから、興味がなかった。


だが、字幕の付いている邦画はそんなに滅多にないし、

時間があるから観に行こうと思い立った。ほんとにそれだけだった。


未だに結婚していないのも、平日に主夫みたいなことをしていたのも

この映画に出逢わせてくれる為だったのか。

だとすれば、偶然すぎる。いや、必然か。


翌日、道ですれ違った際に、障がいを持った子の父親と目が合い、

「何見てんだ?」というような顔してたが、俺は思わず引き留めて、

「うまれる」のビラを見せた。かなり興味津々だったので、ビラをあげた。



少子化、高齢出産、虐待、引きこもり、育児放棄、不妊。

愛とは?家族とは?生死とは?SEXとは?イクメンとは?


さまざまなことが複雑にねじれている現代だからこそ、

一人でも多くの人に観てもらいたい作品だ。


特に、家族や恋人がいる人には是非おすすめしたい。

無理にでも連れていってやれ。無駄足にもならないはずだ。


今回はおっさん(50代)と一緒だったんで、

今度は好きな人と一緒に観に行きたいものだ(笑)