(長文です)

怒涛の1週間でした_| ̄|○ il||li



わたしは父母ともに生きています

父はわたしが高校生の時に母と離婚し、秋田の特養に入っています

昨年誕生日近くに行ったら、まぁ元気なこと

部屋では酸素を付けず(部屋から出る時は付ける)、でも面会した部屋での30分はテンションアゲアゲでよく喋るもんだから息切れ 笑

頭もしっかりしてるし、耳も遠くないし、書く字もしっかりしてるし。



そして母


わたしは6年くらいかな?会っていません

ある時「もう我慢はやめよう」と思ってから。

わたしはPTSDとやらで。あ、虐待ではありません

とある事件がきっかけとなりました

母も姉も無理です


そんな母は頼りはうちのダンナだけ

わたしが連絡を絶ってから、全てダンナに連絡

それも嫌だったわたしは一度(わたしの)主治医を交えて話し合ったことがある。「関わらないでほしい」と。

まぁ、「目の前で転んでる人がいたら手を差し伸べない選択はない」という人なので、その場ではわかったと言ったけど結局全てダンナに。


昨年秋、ケアハウスへ入りました

けれど身の回りのことが出来ない状況じゃムリ

身体状況もよろしくなく今年入院

ひと月ほどの入院で「もうこの入院で出来ることはない」と言い渡される

ケアハウスの系列の特養も予約していたが断られる(医療的ではないから)


医療介護付施設を探した(まあホスピスかな)

わたしも見学に同行した

「病院からは来週の火曜日辺りに〜と聞いてますが」と施設のケアマネさん

えーー!そんな直近??


ええ、三連休でやりましたよ

ケアハウスから移動する施設への引越しを…

どんだけ荷物あんのよっ!!ってくらい持ち込んでて(わたしはその時関わっていない)

適当に好きそうな服を選び、あとはダンボールと70ℓのビニールへ突っ込む。もう使わないであろう物は処分した。ベッドも何もかも。

とりあえず衣装持ちなので、ひと月は取っておく。文句が出なければ処分するつもりで義兄の家のガレージに置かせてもらっている

タンスにはとりあえず「服はここにあるよアピール」する分だけ入れてきた


そして今日、病院から施設へ。申し訳ないがこれもダンナにお任せ←ごめん

道外から姉を呼び同行させる


身体的にもう長くはないだろう

ダンナは息子にも「会いに行くなら早い方がいい」と言っている


わたしは…会いに行くつもりは、ない

主治医も「もういいと思うよ」と言ってくれる


姉は長くはないと聞かされ泣き崩れたようだが、わたしにその感情はない


施設の引越しの時にわたしは頑張った

荷物の整理をし、必要な物を買い揃え、全てに名前を書き、荷物を運び込む

もう出来ることはやりきった

もういい


こんなわたしは親不孝ですか?

世間一般から見たらそうかもしれない

けれど自分を守りたいんです


今まで葛藤がなかった訳じゃなかった

散々主治医にも話をした

けれど変わらなかった


もういい

もういいんだ

これで納得した


ダンナ、全て引き受けてくれてありがとうね

(義母は25年くらい前に他界。義父も一昨年他界)

一番大変な思いをしてるのはダンナ

だからダンナの前では笑ってるようにする


今日、訪問医と話をしたとのこと。

「会わせておいた方が…」と言われたが、「無理です、壊れます」と答えたらしい。今までも入院先で言われてたそうな。

会うことを押し付けるではなく、思った通りにしてくれてありがとう


まだこれで終わりじゃない

全てが終わるまでわたしは平常心を保てるかわからないのが正直なところだけど、ここまで張った頑固はきっと通す


たとえ親不孝であっても…