のっぴきの健康管理

のっぴきの健康管理

意気軒昂、独居老人の健康保持の秘訣

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このところ続けている「横着家事」の3原則
  ① 気が向かないと家事をさぼる。
  ② 身体にきつい動きはしない。
  ③ 飽きたら、すぐ投げ出す。
若くて健康な人には勧められないが、心身の状態が微妙に変わる時期には必要な事と思える。


年をとって、こらえ性が無くなって、日々横着になってしまう、そんな自分に嫌気がさしていた。
だが、思いっきり横着をして寝たいだけ眠ったら、心身が軽やかになっているのに気がついた。

反面家の中がハチャメチャになり、それをきちんと正すだけの気力はなかなか湧いてこなかった。
だらだら生活をなんとなく続けていたら、ある日急に掃除をしたくなって、長時間掃除に熱中した。

不要物の整理や掃除で一日過ごすと、翌日は、起きるのも食べるのも嫌で、一日天井を見て過ごす。
熱中したり放りだしたりを繰り返しているうちに、気がついた。
飽きるのも、気が向かないのも、体調が悪いのが原因なんだと。
気力だけで乗り切れるほどの若さは、もう無いんだと。

そこで考え方を変えた。
気が向かない時は、さぼる事に罪悪感を感じないようにして、楽しい事をして過ごす。
飽きてきたら無理に頑張らないで、早めに投げだしてしまう。
そして、身体に偏った負担をかけないよう、道具や環境を整える。

気が向かない時や、飽きたときは、手で、身体のあちこちを触ってみる。
どこか冷たくなっているところは無いか、
どこか痛いところは無いか、

年を取ると、冷えにも痛みにも鈍感になって、触ってみないと気がつかない事がある。
早め早めの手当てのために、横着は必要かと、この頃は考えている。
私は腰痛の経験はないが、いつのまにか腰をかばう動作をしている。
バスから降りるとき、階段の上り下り、自分の年寄りくさい動作に愕然とすることがる。
これは「腰痛の少し手前」の状態ではないかと、自分の動作に気をつけることにした。

立ったままの作業やしゃがんだ姿勢での作業を続けていると、急にやる気がなくなることがある。
これは腰の近くの細胞からの危険信号ではないか、と、勝手な理屈をつけて作業を中断する。
椅子に座ったり、床に胡坐をかいたり、腰を安定させた形での作業の仕方を考えることにしている。
うまい方法が思いつかない時は、今までの作業とは逆の動きをしばらくしてみる。
背を伸ばし切って作業していた時は、思いきり縮こまってみる。
しゃがみ込んでいた時は、逆に背中をそらしてみる。

そうやって、今のところ、腰痛の難を逃れてきているのだが、もっと積極的な対応策を、と今摸索中です。

過去のテレビ番組を調べていたら、昨年6月に「ためしてガッテン」で膝痛を取り上げていることがわかりました。


「ためしてガッテン」のホームページを調べてみたら、ありましたありました。ちゃんと載っていました。
「安静」治療法が間違っている理由をきちんと説明し、さらにらくらく改善法まで載っていました。



ラクラク改善!ひざ痛最新対策(ためしてガッテン
2006年6月7日放送)
がそれです。


具体的な運動は、次の4つです。


        ① 脚上げ体操


        ② 横上げ体操


        ③ ボール体


        ④ つかまり足踏み体操


目新しい体操ではありませんが、継続することで効果が期待できると思います。




注意点や具体的な体操の仕方は、次のページをご覧下さい。


ラクラク改善!ひざ痛最新対策(ためしてガッテン2006年6月7日放送)


以前、膝をいためたとき、ネット検索で「もち米食品を断つと、膝の痛みは無くなる」という記事に出会ったことがある。


もち米食品は身体の代謝機能を低くする、ということだったように思う。


その頃、私は「おこわ」「おせんべい」など、毎日もち米食品を食べまくっていたので、食べるのを止めた。


半信半疑だったが、効果が出たのかどうか良くわからない。ほどなく膝痛は治った。


その後、ネットで何回か、この記事を探してみたが、見つからない。



私の場合、毎日毎日、かなりの量のおこわとおせんべいを食べていたので、膝云々は別として、食生活の偏りを正す意味で「一時的に、もち米食品を断つ」という判断は良かった、と思っている。


今も、もち米食品は大好物なのだが、過度に食べ過ぎないように、気をつけている。



膝痛は、卵、乳製品、甘い物、酸化した脂、肉、魚が原因、と言う説もある。


乳製品は、アレルギーの原因とも言われているので、避けたほうがよいかどうか、考慮中だ。


現在のところ、積極的に摂ることは、控える、程度に留めている。



喘息治療の一環として、身体を暖める食品を摂るようにしているが、これは膝にもいいのではないかと、勝手な判断をしている。