偽善 | 感想記(アメブロ版)

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最近思うのだが『偽善』とはどういう行為のことだろうか。
「本心はそうとは思わず、見かけ上よい行いをすること」をそう言うらしいのだが。

前々から考えている。
本心でどう思おうと、客観的、主観的(本人を除く!)に善い行いであれば問題ないのではないか。

その行為の結果、例えば本人が利益を得ることが問題だとでもいうのだろうか。
自分が良い行為をしたという『満足感』だけで十分だろ?とでもいうのだろうか?

ボランティアの類を中傷する連中はよく、
「どうせ感謝されたいだけだろ?」
と言う。
しかし普通感謝を全く期待せずにボランティアをする人はいないだろう。
逆に感謝を期待せずにやっていたとしても、それを証明する術はなど全くないだろう。
中傷された側が「感謝されたい」ことを否定することは不可能である。
そして連中は中傷された側が反論できないことをいいことに、自分の主張が通ったと溜飲を下げることになる。
自分はボランティアもできないクセに、対象が「感謝されたい」程度の人間だと決定されたことで満足するのだ。
それはあまりにも浅はかで悪質でそして悪意に満ちている。


ふとこれを思ったのは、以前の記事 で「人気取り」という言葉について問題があると思ったからだ。

「人気取り」というのはそれだけでは問題ではないだろう。
いやむしろ「人気がとれるようなこと」をしなければいけないのではないか。
「人気取り」のどこが悪い。

定額支給のような薄っぺらなものは問題だとしても、北朝鮮拉致問題の家族を訪問した場合などに「人気取り」と中傷することしかできなかったマスコミを見ているとつくづくそう思ってしまう。


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