村上龍の新作
「心はあなたのもとに ""I'll allways be with you allways""」

主人公は香奈子という女性である。この小説の語り手はその香奈子の恋人であるケンジという男性である。この男性は一時のヒルズ族を連想させるような投資組合を主催する月の小遣いが何百万というようなリッチであり、バツ一だが現在は妻と娘二人がいて、離婚の経験から家庭をとても大事にしているという設定になっている。だから、家庭は非常に平穏でうまくいっていることになっているのだが、同時に恋人というのか愛人というのかも何人もいて、その人が香奈子という女性なのである。
これでわかるように、なかなかとんでもない話であるのだが、こういう話が成立するためには奥さんと子供がいたってものわかりがよくかつ従順である必要があって、事実そのように描かれている。しかし、現実味がない。著者によれば(あるいは語り手のケンジによれば)家庭が修羅場になったりするのは家庭への細やかな手入れが足りないためであって、しっかりとケアをするならばそのようなことにはならないのだそうである。
しかしやはりこれは小説なのだから、妻は嫉妬に狂い娘は父に反抗して家出しというようなことにならなければ面白くない 怖いのが妻の本質である。ケンジがこれだけ好きなことをしていて、何にも感じないとしたら奥さんは単なるバカである。あるいは知っていても自分の掌の上で遊ばせているのかもしれないが、本書にちらっとでてくるケンジの妻と子供はおよそ厚みも奥行きもない単なる記号のような存在である。
このケンジの恋人?の香奈子は元風俗嬢なのである。たまたまホテルに呼んだ風俗嬢が愛人から恋人へと昇格?していくというこれまた、なんだか信じられない話である。最初は「サクラ」という源氏名だった女性が香奈子という固有名詞をもった女性になっていく。風俗業界というのがどうなっているのか、あるいは風俗で働くのはどのような女性なのかということについての情報を提供する小説とも本書はなっている(そして語り手であるケンジの職業から、投資についての蘊蓄が語られる小説でもある)。
ちょっと困ったなと思うのが、トラウマだとか依存だとか関与だとか甘えだとか愛情だとか信頼だとかという言葉が連発されて、幼少時の父親との関係が女性のその後の男性関係を決定するというようなことが臆面もなく書かれていることである。さらに、ケンジはケンジで自分の幼少時の母親との関係についてくどくどくよくよ考えている。
「香奈子は誰にも知られることなく、一人で自分の部屋で倒れたまま人生を終えた」とケンジは思う。それでケンジは「香奈子が生きたことの証し」をつくろうと思う。それは一個の公園のベンチなのだが(ベンチに刻まれる言葉が「I’ll・・・・」
村上氏の私小説なのではないかとも思ったくらいで(「あとがき」の最初に、「この物語はフィクションである」とわざわざあるのがあやしいといえばあやしい)
主人公の香奈子がⅠ型糖尿病患者で・・・こういう人生の終わり方をするのは誤解を招くし きちんと取材して書く村上龍としては??
でもなにか はかなく ふと無くなってしまう存在感としては 昔の労咳(結核)にあたる疾患がないから
この病気を選んだ?確かに・・・死の病ではないけど・・突然いなくなってしまうこともある
ネルギッシュな狩猟民族が はかないかげろうかまおぼろしみたいな女性に魅かれる?
主人公の女性はまったく魅力がない(美人ではあるが) ケンジも金融成金ぽくて 好きになれない
恋愛小説らしいが ちと違う 50歳になった男が地位も名誉も金もあるのだが
ある日・・・・死というものを感じる(バリバリ働いてるときなんて死ぬなんて思わないから)
常に死の感覚が漂う女性に魅かれた
彼女からのメールの文体が頻繁に引用され そういう意味では新しいと思う
「歌うクジラ」や「希望の国のエクソダス」は近未来小説としはすばらしい
村上龍ももう59歳(トランプより10歳上)
デビュー作から読んでいるが もうエロもグロも飽きたのか??
書評は イマイチの評価だが
私は嫌いではない
ある外国にメモリアルベンチがあるらしい・・・・そこから取ったのかもしれない
私もそういうベンチを密かに作りたい人がいる