しっかり者でいることが正義
子どもの頃の私
子どもの頃の私は
わがままを言わない
先回りして考えて行動できる
しっかり者のお姉ちゃんでした。
父が単身赴任で不在だったので
母に負担をかけないために
母が仕事から帰ってくる前にご飯を作り
学校の宿題は済ませていて
4つ下の弟の宿題を見ていました。
今思えば
よくできた小学生ですね。笑
しっかりモノのお姉ちゃんでいれば
母から愛されると思っていたから。
母を怒らせないように、
母に喜んでもらうため、
母の愛情を求めて
優等生になっていきました。
出来ない自分は愛してもらえない
仕事をして、家事育児をしている母。
父の代わりに父親業もこなし、
地域の活動に参加して、
義母と同居して
忙しくてストレスMAXな母は
いつも爆弾を抱えているような人でした。
爆弾が爆発してしまうのを恐れ
母の機嫌を損ねないよう、
私は先を見越して行動できるようになっていきました。
大好きな母に愛されたいから。
出来ない私は愛してもらえないと
心のどこかで思い込んでいました。
応援してもらえる人
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最近まで
しっかり者でいることが正義
という価値観を
持っていた私。
大人になってようやく
それだけが正しいわけではないと気づけました。
私は起業して、たくさんの素敵な方と出会いました。
私が憧れる、
あんなふうに生きたいと思う人たちに共通しているのが
応援される人
だということ。
人から応援される人は
人から愛情やエネルギーをたくさん受け取れます。
だから力が発揮できるし
輝いている。
人から応援される人は
なんでも自分ひとりでこなさずに
人の力をうまく借りていました。
そして
応援してもらった感謝を忘れない人でした。
『しっかり者でいる必要はないんだ』
応援される私になるため
まず私がやっているのが
自己探求と
それを公開すること。
この投稿もその一環です。
いつも完璧でかっこよくいる必要はない。
人生で培ってきた
手のかからない子でいること
価値観を壊すのは怖いけれど。。。
出来ない自分もさらけ出して
周りから応援される私になりたいと思います。