正体不明の焦りと不安



もっと深く潜って行けば



見えてしまうのだろうか






見えないから苦しいのか


見えてしまったらもっと苦しいのか




何も表現するものがない

何も湧いてこない




いっそのこと

すべてあきらめて倒れ込んでしまいたい


誰も私を責められないくらいに

ズタズタになって

誰かに看病されたい



弱さ



きっとそれは悪いものではない



弱さ



でもそれは

大切なものを愛するために

向き合わなければいけないもの
どうしていつも

泣きたくなるときは

泣けない場所に居るんだろう




泣けない場所なんて

だれが決めたの



泣けばいいのに

何も気にせずに

どんな時でも

どんな人目があろうと

泣けない場所なんて

本当はないでしょう



私を縛っているのは

私自身だから
いつの間にか


「私」は私の唯一の


絶対に裏切らない


気持ちを汲んでくれる


期待に応えてくれる


親友のような存在になっていた。




苦しいときは「私」に打ち明けて慰めてもらい

頑張ったときは「私」に自慢して褒めてもらい

寂しいときは「私」に一人じゃないよって言ってもらい

嬉しいときは「私」に話して共感してもらう。



私はそれで満足してしまう。


昔はとても仲の悪かった「私」と

今は親友のようになっていて

こんなにも忠実に

こんなにも丁寧に

こんなにも優しく

自分に接してくれるのは

「私」しかいないから

「私」さえいれば

他の人なんて

もうどうでもいいような気さえしてきてしまうんだ。



満たされない思いがあれば

後で「私」に聞いてもらおうって思う。

「私」はいつだってそこにいて

嫌な顔一つせずに話を聞いてくれる。

めんどくさそうにしたり

つまらなそうな顔をしたり

理解してくれなかったり

全否定したりする事なく

とことん話を聞いてくれて

一緒に考えてくれる。



私は他人に期待することを忘れてしまった。

満たされないものはすべて

「私」が満たしてくれるのだから。





涙が出た。




あまりにも




一人で。




私は自分を満たさなければならないという

強迫観念に取り憑かれて

自分を満たす事によって他者をみたさなければという

義務感に取り憑かれて

一人で

何をしているんだろう。




むなしくなった。



あまりにも



一人で。
疑う事で

裏切られたときのダメージを軽減するという

オーソドックスな手法なのだろうか




自己防衛に忙しい




信じるという事が


どれだけ難しい事か


信じるという事が


どれだけ恐怖を伴う事か






弱い自分との戦い




別に弱い事が悪い訳ではない

でもそんな自分に打ち勝ってでも

やりたいことがあるならば


私はやはり勝たなければならない




信じられない自分

信じる事をさけようとする自分




負けたくない


自分にもできるって


最後まであがいてみたい。
いつだってつきまとうのは


自分がいない方がいいのではないか

自分はみんなの邪魔をしているのではないか



という不安だ




消えた方がいいんじゃないか


みんなは優しいから私に気をつかって


言い出せないんじゃないか




そんなことばかり考えてしまって



周囲の人々を疑ってしまうことにも


罪悪感を感じる




私は本当に居ていいんだろうか


周囲の人を傷つけたり不快にさせていないだろうか




そんなことばかり考えてしまって



心底自分というものがない自分に

嫌気がさしてくる




顔色を伺ってばかりで

期待に添おうとするばかりで



私は何がしたかったんだろう





わからなくなる




自分を信じられない自分


そんな自分は

だめな自分なんだろうか