私は、高校1年生を終えようとしていた。
兄は何度も通信高校に通えなくなって
いた時期があったが、なんとか卒業
できることになった。
兄は大学を5校受験したらしかったが、
全て不合格だった。
名前を書けば合格するという噂がある
大学も受けていた。
私は、兄が高校受験した時のことを
思い出していた。
兄の担任が、私立高校を専願で受験した
ほうがいいと何度も薦めたのに、
母は頑なに首を縦に振らなかった。
公立も受験させたいと、無理矢理に
兄を受験させた。
私は受からないと思っていた。
案の定、兄は不合格だった。
そうやって、兄を冷たい水に沈める。
無意識に傷つける。
進学校にたいした勉強もしないで、
入った母の常識は兄には通用しないのに
母にはそれがわからない。
母が良かれと思ってやる
ことは、ことごとく、
兄から自信を奪っていく。
また大学受験でも繰り返しているような
気がした。
肩を落としている兄に、私は何て言えば
いいのかわからなかった。
兄は
お兄ちゃん、頭が悪いからダメだった。
と力なく笑って私に言った。
私は、
うーん…
としか言えかった。
すると兄が、少し明るい声で
お父さんとお母さんが
また来年受ければ
いいと言うからそうするよ。
予備校に通うんだ。
と言った。
私は母に、兄が予備校に通うのは本当かと
聞いた。
母は、
兄は寮に入って予備校に
通わせるよ。
その方が勉強に専念できる
でしょう。
と言った。
そして、その予備校は家から電車で4時間
も離れた都会の場所だった。
私は、思わず、
えっ?本気で言ってるの?
と言ってしまった。
母に強い怒りが走った
のがわかった。
お兄ちゃんにはできない
って言いたいの?
私は何も言い返せなかった。
母は私を睨みつけた。
母は、私が兄を馬鹿にしたと
思ったんだろう。
でも、そうじゃない。
私は兄の知力は小学校低学年程度だと
思っていた。
その兄に、これ以上、負担をかけて
何になるんだ!と言いたかった。
私は兄の2歳下で、小学校も中学校も兄の
学校生活をずっとずっと見てきた。
兄は学校で、全く話さない、
声も出さないし、誰とも目も合わせない
で下を向いて過ごしていた。
苦痛しかないように見えた。
兄はずっと耐えて耐えて生きてきている。
全て父と母の為だと思った。
まだそれをさせるのか…と腹が立った。
母は気を取り直して、笑って、
大学には友達を作りに
行けばいいと思うのよ。
とさらっと言った。
それがどれくらい難しいことか
わからないんだと思った。
優しくて信じられないくらい繊細で
こだわりが果てしなく強い兄を
理解できる人がどれくらいいるんだろう。
今までいなかったじゃないか…
でも、その時の私は、兄の予備校や浪人
を反対しても、それ以外に兄に他の道を
見つけてあげられなかった。
私にだって、わからなかった。
ただ行かせたくないと思っていた。