第一話 釧路
昨日の夕方から降りだした雨は、
乾いた季節に
ほんの少しだけ潤いを与えてくれた。
すこしづつ暖かくなり始め、
ここ大阪でも春の訪れを
肌で感じれるようになってきた。
今日の午後は、
釧路でクライアントに
会わなければいけない。
シンプルなデザインの壁掛時計は、
既に8時3分をさしていた。
秒針は高速で回転している。
寝起きで秒針を見ながら
催眠術にかかってしまうな
と思ったところで
我に返った。
いつのまにか8時15分をさしていた。
9時55分フライトだ。
そろそろ出かけないとまずいな。
一瞬で身支度を整え、
約27分ほどトイレにこもった後に
パンツを上げるのももどかしく
素早い行動で家を出た。
いつもながら完璧な行動だ。
仕事がら、
常に行動は完璧を期している。
マンションの地下駐車場、
42番に停められた
黒いBMW i8に乗り込む。
「ドムッ」
今日はKIXまでなので、
久しぶりにこの車にしてみた。
静かにエンジンをかける。
ギュルギュルギュルッッ
ホイルスピンさせながら
白煙と共に国道へ踊りでた。
「ドクン、ドクン」
…おっどろいた~、
壁にぶつかるかと思った。
少しパニックになリつつも、
どこをどう走ったか、
信号をまもったのか、
事故をしなかったのかも、
わからないままに、
大阪湾沖のKIXに到着した。
いつもながら完璧な行動だ。
仕事がら、
常に行動は完璧を期している。
立体駐車場に車をしずめ、
空港ロビーへと向かう。
…少し躊躇した。
なぜならば、俺は飛行機が嫌いだ。
いくら完璧な俺にも苦手なものは、
山ほどある。
だいたいあんな鉄の塊が、
宙を飛ぶわけがないと思っている。
絶対何かのトリックが隠されていて、
みんなだまされているのだ。
しかし、今日は
覚悟を決めて乗らなければならない。
クライアントは
釧路で俺を待っている。
俺はどうしても行かねばならない。
2日前から怖くて
一睡もできていない目は、
焦点が定まらない。
「ドクン、ドクン」
心臓の鼓動が早くなってくる。
鼓動が手荷物検査に
反応するんじゃないか、
と、思いながら検査ゲートをくぐる。
「ピンポーン」
うわっ!反応しやがった。
いや、
引っかかったのはキーホルダーだ。
驚かせやがるぜ。まったく。
チェックインをすませて、
国内線出発ロビーで待つ。
「ドクン、ドクン」
心臓の鼓動が、
さらにうるさくなってきた。
近くの人に聞こえるんじゃねえのか。
横でグレーのスーツを着た、
小柄なサラリーマンが
携帯電話で話をしている。
「今から乗るからさ、
そっちには12時頃には着くよ」
(フッ、無事着けばいいけどな・・・)
いけない
フライト直前の極限の恐怖のため、
どうしても物事を
ネガティブに考えてしまう。
ふるえる足で機内に入り
スチュワーデスの近くの窓側の席に
座り込む。
なんだ、こんなに少ないのか?
コンパクトなジェット機内に
客はまばらだ。
ひょっとして危険なフライトと知って、
みんな乗らないんじゃねえのか?
いけない、いけない、
またもネガティブな考えだ。
外が見えると怖いので、
そっと窓のブラインドをおろす。
「キー・・ン」
ジェット音がやたらと耳につく。
「ドクン、ドクン」
「当機はまもなく、
釧路空港に向けて離陸いたします。」
「ゴァー・・・」
う!とうとう離陸しやがった。
「ゴァー・・・」
うぁ!傾いてる傾いてる・・・。
なんだ旋回してるのかよ。
驚かせやがって。
「ドクン、ドクン」
焦点の定まらない目は、
雑誌の同じ頁をずっとみてる。
イヤホンからは音楽が流れてくるが
何も聞こえてはいない。
目を閉じて寝ようと試みるが、
寝れない。
それどころか、
2日も寝てないくせに目がさえる。
足の裏から飛行機の振動が伝わる。
足を床にもつけていられない。
「ガクン!」
うぁ!なんだなんだ。
なんの音なんだよ!
「グオン!」
うぁ!ジェット音が変わった。
どうしてなんだ。
「ゴアー!」
うぁ!いま少し落ちなかったか。
「当機は関西空港を出発し、
順調に飛行いたしております。」
うそつけ!
もういやだー!降りる!降ろしてくれ!
心の叫びが頭をかける。
「お客様、お飲み物はいかがですか?」
お!スチューワーデスさんだ。
ここは冷静を装いながら、
ジェントルに対応しなければいけない。
「ス、ス、ス、スープを下すぁい。」
いけない
歯を食いしばって
恐怖に耐えていたために
声が反転してしまった。
くそ!笑われてるじゃねえか。
かっこわるいぜ。ったく。
ええい、そんなことはどうでもいい。
今は生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。
もうそろそろ、北海道の上空だろう。
ソー・・・っと、
ブラインドを少し上げてみる。
「お客様、今は函館上空です。」
親切にもスチュワーデスが
声をかけてきた。
「ホラッ」
「ガバー」
うわっ!
勝手にブラインドを
全開にすんじゃねぇー。
スチュワーデスが親切そうに、
開けた窓を指さす。
「あのあたりが函館の・・・」
ほっといてくれ、外はみたくねーんだ。
しかし気のいい俺は、
「ほぅ」
とつぶやき、
血走った目で窓の外を覗いた。
「おぅっぷ」
当機はマジで空の上にいやがるぜ。
「ゴァー」
その後、釧路空港まで
どのようなフライトを経験したかは、
覚えていない。
ただ、釧路空港には、
呆然とよだれをたらしながら
たたずむ俺がいた。
「明日、帰らなければいけない・・・」
声にならない言葉を、
ぐっとかみしめた。
涙が一筋、
ほほを流れたような気がした。
いつもながら完璧な行動だ。
仕事がら、
常に行動は完璧を期している。
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(2005年 発表)