神戸からの恋文は1998年8月24日だった。

 

それからちょうど4カ月経ったころ、赴任していた私の自宅に一通の封書が届いた。差出人は彼女だった。エバーグリーンの封筒を開くと、中にはクリスマスカード。筆圧が強くて少し角張った、あの彼女の字が目に飛び込んできた。

 

元気ですか? 手紙をいただいてから、ずいぶん長い時間がたってしまいました。

10月から生活が一変して、時間に追い立てられて……というのは単なる言い訳。なんか書きたいことはたくさんあるのに、書き出せずに立ち止まっている自分がいて…。

 

〇〇さんからの手紙、驚いたけどちょっと嬉しかったですよ。〇〇さんのような方にあんな風に言っていただけるなんて。

 

神戸は、いい街でしたでしょ? 私もまたいつか、神戸で暮らす機会があればいいなあと思ってます。バーO2、私も行ってみました。すごく雰囲気のいいお店。おしゃれだけど、気楽に過ごせて。

 

なんだかこの1年は、私にとって、ハッピーなことも、嫌なことも、一生懸命になることも、3年分くらい味わった感じ。〇〇さんと出会った後の、この3ヶ月の間にも、いろいろ変化がありました。もちろん、どーんと落ち込むこともあれば、すごくうれしいことも含めて、いろいろと。最近はちょっと余裕がなくて、うーん、よくない傾向だ、とか思いながら暮らしています。

 

今日は久々に映画を見ました。『ブラス!』というイギリス映画。映像とバンドの演奏がマッチして、すごくいい映画。

 

まあ、私も、あまり時間はないけれど、せいぜい後悔だけはしないようにやっていこうと思ってます。〇〇さんは、きっといい◇◇さん(※私の当時の職業)になりそうな気がする。では。

 

98.12.21

 

 

消印は彼女の実家がある北関東の都市だった。私のラブレターを受け取ってからの4カ月間で、入社したばかりの会社を辞め、武庫之荘を引き払い、翌年の公務員試験に向けて受験勉強に突入した。「この1年で3年分くらい味わった」と書いているのは大げさではないだろう。3月までは大学生だったのだから。

 

私の告白について彼女が触れているくだりは、「〇〇さんからの手紙、驚いたけどちょっと嬉しかったですよ。〇〇さんのような方にあんな風に言っていただけるなんて」だけだ。例えば「気持ちは受け取れない」「つき合っている人がいる」「ごめんなさい」といった拒絶の文言はない。はっきりしない返事と言えなくもない。

 

しかし彼女は「時間に追い立てられて」「ちょっと余裕がない」「あまり時間はない」と繰り返している。全体のトーンをみれば、ふたたび求職中の身となった今、恋愛にエネルギーを割く意思はありませんというメッセージであることは明らかだ。すでに諦めていたであろう25歳の私も、これだけ日数が経ってから届いた返事の方向性は予想できたはずで、新たな打撃を受けることはなかったと思う。

 

4カ月かかったことについて、彼女は「書き出せずに立ち止まっている自分」と記した。だが、相手の恋愛感情に応えられないことを伝えるのは誰しも気が重い作業だ。まして彼女は環境が激変して切羽つまった状況にありながら、カードを選び、文面を推敲し、書き損じないように慎重にペンを執った。それだけの時間を費やしたのは、自分に対して好意をぶつけてきた私に、たとえ遅くなってもきちんと返事をしたいという彼女の誠実さに他ならない。


彼女は神戸を去る前に、私があの夜一人で黄昏れたバーを訪れていた。「ブラス」は前年に公開された映画で、この監督の社会派の作品が好きなことをあの日彼女に話していた。彼女は私の気持ちを真摯に受け止めた証しとして、これらを共有したうえで伝えたのだ。

 

当時の私にとっては決して「嬉しい」便りではなかったと思うが、なしのつぶてだった状況で、せめてものクリスマスプレゼントとなって心に区切りを付けられた。彼女はなるべく私を傷つけないように丁寧に言葉を選びつつ、告白から逃げることなく返答した。誠実さと気遣い。今読んでも、素敵な手紙だと思う。