彼女のクリスマスカードを締めくくりに1998年は終わり、新しい年が明けた。私が26歳、彼女は24歳になる年だった。

 

社会人3年目となった私は人生最初の異動を迎えた。鳥取から、同じく日本海側の舞鶴に転勤した。新しい任地で、新しい人間関係に早く慣れようと仕事に没頭した。彼女のことを引きずる余裕はなかったと思う。

 

そして再びうだるような夏が巡ってきた。神戸のあの日から間もなく1年になるころ、一通の便りが届いた。花火をあしらったカラフルな絵はがき。見覚えのある字が躍っていた。

 

彼女からの葉書(1999年8月17日消印)

残暑お見舞申し上げます。 お元気でお過ごしですか? 京都での生活はいかがですか?

 

私は、8月11日に試験に何とか合格することができました。来年4月から、◇◇省で働くことになってます。

 

いろいろご心配をおかけしました。

 

〇〇さんがいつか◇◇省の担当にいらっしゃって、ご一緒に働けるような機会があれば嬉しいのですが…。

 

夏休みはもう取られたのですか? 舞鶴支店では何を担当されているのですか?またそのうち、近況を教えてください。

 

この選択が良かったのか悪かったのか、まだ自分でもよくわからない、というのが正直な気持ちですが…。とりあえず、ほっとしてます。

 

 

「いろいろご心配をおかけしました」ほっとしてます」という言葉通り、文面全体から合格の安堵感が伝わってくる。8月11日に合格し、一週間足らずでこの葉書を投函した。

 

葉書の短い文章の中に、私の近況を問う「?」が4回登場する。1年間の孤独な闘いを乗り越えて、私に話したいこと、聞きたいことが一気に溢れ出たのだろう。

 

彼女は一番大変な時期に思いがけず私から好意をぶつけられた。固辞したものの、振った私のことを気に掛けていたのだと思う。あの日のことで関係性を絶ちたくないという意思がみてとれる。

 

一緒に働けるような機会があれば嬉しい」「夏休みはもう取られたのですか? 」というくだりからは、単なる報告にとどまらない熱量を感じる。また、「この選択が良かったのか悪かったのか、まだ自分でもよくわからない、というのが正直な気持ちですが…」と、合格の喜びとは裏腹の不安も見せている。このように内心を開示するのは私への信頼の表れと受け取ったら自惚れだろうか。この時もし私に未練が残っていたら、東京に飛んで行ったかもしれない。

 

しかし、そうはならなかった。葉書を受け取ったとき、私はすでに交際相手ができていたのだった。

 

彼女が心を開いた瞬間、私の心はすでに別の場所にいた。皮肉な巡り合わせだと思う。よく「恋愛はタイミングが全て」というけれど、彼女とのタイミングは確かに「すれ違い」だった。

 

交際相手と付き合い始めたばかりの私は、もう彼女のことは考えないようにしたのではと思う。どんな返事を書いたのか、今となっては分からない。