朝の音
我が家のアパートは2DK。4人家族には狭いながらも楽しい我が家だ。寝室で横になっていても、ダイニングやキッチンからの生活音がよく聞 こえる。
ある雨の日曜日の朝。私は、一度目が覚めて顔をあらったが、もうすぐ3歳になる長男の寝顔につられて、二度寝に入ろうと横になった。布団に横になると、嫁さんが朝ご飯を作ってくれている音が聞こえてきた。
卵を割る音がする。嫁さんは、卵を割るときは、流し台のカドに5回ぶつけて割る。こんこんこんこんこん、ぱきっ、という音。家族の分だけ卵を割る音が聞こえる。次にジャッという音がする。目玉焼きを作るときの音。ゆで卵の日、目玉焼きの日、炒り卵の日などが、順番に巡ってくる。我が家の朝ご飯に卵料理は欠かせない。
冷蔵庫まで歩く音。トントンと2歩。下の子をオンブしていた頃は、ドンドンという音がしていた。…今は下の子はちょこんと座っているので、軽やかなステップに戻っている。冷蔵庫の野菜室の引き出しを開ける音。ガサガサと何かを取り出した。とんとん、と、包丁の軽い音。タマネギと卵の炒め物を作っていたことが、あとで分かった。
やがて、ドンドンドンドンと数歩。音が大きくなってくるなと思い始めたら、寝室のドアの前に嫁さん。「二人とも。朝ごはんできたよ。」
よっこらしょについて
嫁さんは、階段を上るのが少し苦手だ。坂道も苦手。「よっこらよ、どっこらど」と小さなかけ声をかけながら、坂道を下りたり、上ったりする。座っている状態から立ち上がったり、何かを持ち上げたりするときにも、「どっこらよっこいしょ」というリズミカルなかけ声が聞こえてくる。軽めの動作なら「よいしょ」で、最上級が「よっこらどすこいしょ!」である。(←私もよく言っている)
かけ声には、それぞれに由来があるようだ。「どっこいしょ」の語源は「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」にあるとわれている。日本一の山である富士山は「霊峰」とも呼ばれていてる。信仰と深いつながりがあって、登山者は「道者」と呼ばれていた。彼らや、「六根清浄、六根清浄」と唱えながら、富士山に登っていた。この言葉には、心身ともに清浄になろう、という想いがこめられている。六根とは、眼・耳・鼻・舌・身・意の働きのことで、眼は不浄を見ない、耳は不浄を聞かない、鼻は・・・と、つまり身も心も無垢清浄になろうという祈りの言葉が転じて、「どっこいしょ」になったのだそうだ。
ほんの些細なことでも、なんとなく面倒に感じてしまうこともある。夏のバカンスなら何千キロも離れた島に喜んでいくのに、ほんの数メートル離れたタンスの上のリモコンを取るための道のりがものすごく遠く(おっくうに)感じることもある。よっこらしょには、そんな「面倒くさい!」と感じてしまう自分を励ますエールなのかもしれない。さて今日も、「よっこらしょ」と。
静かな犬について
吠える犬は非常に存在感があるし、あえて避けて通行する対象なのだが、中には静かな犬もいる。静かすぎる犬は、体の調子が悪いんじゃないかと、犬があまり得意でない私でさえ、なんだか心配になってくる。
少し前、梅雨時の話だが、ジョギングの帰り道に、いつもは左手の紫陽花に気を取られて走っていたが、ふと気分転換に右手を見てみると、道の奥まったところの玄関横に犬小屋があり、中型の柴犬が一匹、ちょこんと座っていた。おやっと思って少し立ち止まると、先方もこちらをじっと見返していた。
あれ?こんなところに犬ポイント(注意:私はジョギングする上で危険なポイントをこう呼んでいる)があったっけ?と思った。でも、この犬は吠えないし、いきなり吠えられることで私が驚いて車道に飛び出して車にひかれる恐れもないので、犬ポイントの対象外とした。今日は元気がなさそうだけど、明日になれば、元気になるかな。またのぞいてみようと思った。
