unlucky18 背番号がない

 

 

 

高校の野球部に入った僕がいちばんビックリしたこと。それは、チームメイトとの体の作りの違いだ。

僕は当時、背は150センチにも満たないし、体重も40キロもないぐらいの体格だった。それに比べて同じ新入部員の中で低いほうの人でも、僕より10センチ以上は高いし、筋肉だってちくわとバウムクーヘンくらい違う。……まあ例えがイマイチだったから申し訳ないが、とにかく入部して一瞬でレギュラーをあきらめてしまうくらい、差が歴然にあったのだ。

 

僕はあまりの小ささから先輩たちに「いっちー、いっちー」と呼ばれ、マスコットキャラクター的存在になっていた。みんなと筋トレのメニューをこなしていると「いっちーは身長伸びなくなったらあかんから、あんまりせんでいいよ」と甘やかされる始末。ますますレギュラーの座は遠くなる一方だった。そんな中メキメキと実力を付けていく新入部員たち。このままではレギュラー争いに簡単に負けてしまう。できることなら背番号「4」が欲しいが、さすがに無理だろう。何番でもいい。なにがなんでも背番号が欲しいんだ。このままではいけない。よし、帰って自主トレをしよう。

それから僕は自主トレに燃えた。そして自主トレが終わると、グローブやスパイクを買うために居酒屋のアルバイをする。かなりハードではあったはずだが、部活で甘やかされる分、体力はあり余っていた。徐々にではあるが僕は確実に成長&貯金していったのだった。でも、そんな頑張りも虚しく1年生のうちは背番号をもらえることはなかった。が、アルバイトの時給は10円上がった。

 

3年生が引退して僕は喜んだ。なぜなら2年生は6人しかいない。そして僕たち1年は9人だ。ということは合わせて15人。背番号は18番まである。ということはだ。なにかしらの背番号がもらえることは確定したのだ。そして憧れの背番号「4」もチャンスはあるような気がした。なぜかと言うと、僕と同じセカンドを守るのは2年の楠さんと1年の長谷川のふたり。このふたり、はっきり言ってめちゃくちゃ上手いのだがメンタル面が相当弱いのだ。普段は最高なプレイをするのだが、監督が見にきた時に限ってミスを連発するふたり。よし、可能性がある。僕はそのチャンスを虎視眈々とうかがっていた。

 

チャンスは突然訪れた。練習試合で珍しくエラーが目立つ楠さん。そしてタイミング良く肘を痛めている長谷川。嘘のように絶好調の僕。監督が僕を呼んだ。

「石田、準備しとけ」

来た。この時がついに来た。試合で僕のプレイが認められさえすれば「4」も夢じゃない。チームメイトとキャッチボールをすると、いつも以上に体に力がみなぎっているのがわかる。昨日の夜のバイトで、厨房の人がオーダーミスで作ってしまったサイコロステーキを食べさせてもらったからに違いない。ありがとう、ホールの新人。

楠さんが送球ミスをしたのをきっかけに監督が審判に「セカンド・石田」と告げた。戻ってきた楠さんが「悪い、頼むわ」と僕の肩をポンと叩いた。僕は元気いっぱいに「わかりました!」と返事をする。高校に入って初めての練習試合出場。気合いを入れるため顔を両手でバチンと叩いた僕に誰かが背中を「ドンッ」と叩いた。誰だろうと振り返ると、そこには誰もいなかった。またドンと叩かれるが誰もいない。

 

ドンッ ドンッ ドンッ ドンッ

 

まさかと思い僕は自分の胸に手を当てた。僕の心臓が「まれに見かけるヤンキーの車にかかる音楽」くらい弾んでいる。監督がなにか指示を出しているがまったく聞こえない。足がブルブルと震えている。視界も(もや)がかかり狭くなってきた。でもこのチャンスを逃すわけにはいかない。僕は震える足を一歩前に踏みだした。

 

コテッ

 

僕は一切の迫力もなくコケた。一歩目を踏み出した右足のスパイクの金具が、左のスパイクの靴紐にひっかかったのだ。笑いに包まれるグラウンド。早く守備位置に着かねば。しかし起き上がろうとしたが、僕の右腕がまったく動かない。あんな衝撃ゼロのコケ方でも僕の得意技「肩の脱臼」は発動したのだった。僕は守備位置に着くことなく病院へと運ばれた。僕は断トツのメンタル面の弱さと、体の弱さを思い知ったのだった。

 

その年、背番号「4」に輝いたのは、やはり楠さんだった。僕はと言うと「14」という「イシ(14)ダ」にはもってこいの背番号だった。高校に入って初めての背番号。僕は家に持って帰り、上機嫌で「ユニフォームに付けといて~」と母に言うと、寝転びながら腰をかきながら「はいよ~」と返事をした。今思うと、この時に悪夢は始まっていたのだ。なぜあの時、母を信じてしまったのだろう。

 

大会の開会式当日。球場に集合した部員の中で僕だけがあたふたしていた。もう入場行進まで1時間もない。やヤバイ。これはメンタル面の弱さからあたふたしているのではない。なにを隠そう僕の背中には「14」が付いていないのだ。母が縫い付けてくれているはずの「14」が。「なにしてんねん」、「どうすんねん」などとチームメイトが笑いながら言う中、僕は決意した。

 

「誰かマジックペン持ってない?」

 

僕はマジックペンでユニフォームの背中に「14」と書いた。母のいい加減さと自分の愚かさを恨みながら。この時代に携帯電話が普及していたなら、写真を撮られまくっていただろう。そしてツイッターが存在していたなら格好の餌食になっていただろう。

僕は背中からインクのにおいを放ちながら入場行進をした。気の弱さからか背番号の大きさが周りの背番号に比べてふた回りは小さかったというのは、後日マネージャーに聞いた話だ。その日に1回戦があり、僕は試合に出ることもなくチームは負けてしまい、あっけなく大会は終了してしまった。

 

僕が家に帰ると母が豪快ないびきをかきながら眠っていた。ため息をついた僕は、洗っても落とせない油性マジックの背番号が書かれたユニフォームを洗濯かごに入れた。ちらりと母をにらむと、おしりをボリボリとかいていた。僕は舌打ちをしアルバイトの用意をして家を出た。

アルバイト先の居酒屋に到着すると店長が「今日大会どうやった?」と聞いてきたが「ダメでした……」とだけ言って、すぐに更衣室に入った。そして家から持ってきた洗い立ての制服を取り出して袖を通そうとした瞬間、悪寒が全身を走り抜けた。

 

「制服に背番号付いてるやん」

 

自分ひとりしかいないのにもかかわらず、思わず声を出してツッコんでしまった。居酒屋の制服にきれいに縫い付けられた背番号「14」。

母よ。どういう思考回路を持っていたら、こんなことになるのだ。全身の力が抜けた僕はタイムカードを押して仕方なくホールへと出た。お客さんが僕を呼ぶ。

 

「すいませ~ん! 注文いいかなぁ? そこの14番!」

 

 

                 END

 

 

ほいでは。