unlucky17 空回りチップス

 

 

 

高校に入学した僕は新たな友達を作ることもできずに中学時代の友達と一緒にいることが多かった。中学時代の友達というとお馴染みの稲木、チャーリー、うんにょの3人だ。井上はあえて外させてもらおう。僕はまだ合格発表の件を許していないし、井上も井上でまだ謝ろうとしない。だから友達というカテゴリーから外すことになんの罪悪感もない。

ちなみに井上を抜いたスラムダンクファンの3人は、バスケットボール部に入部したもののすぐに退部した。理由はすさまじく簡単、「しんどかった」そうだ。それ以来「情けなズ」と命名された3人と休み時間を過ごした。

4人ともクラスは違うがいつもの場所に集まる。いつも大して面白いことも言っていないのに笑ってくれる。この関係がずっと続けばいいと思っていたが、「情けなズ」に少しずつ変化が訪れた。ひとりひとりとクラスに友達ができはじめたのだ。するとやはりクラスにいるのが居心地良くなってくる。こうしてチャーリーが抜け、うんにょが抜け、稲木と僕だけが残された。稲木もクラスに友達はできていたのだが、友達のできない僕に気を遣っていたのか、いつも会いにきてくれた。

しかし、その状況も長くは続かなかった。稲木は水泳部に入って水泳部の友達と仲良くなっていき、僕は僕で野球部内に友達ができていった。すると自然と休み時間も部活の友達と会うようになる。自然と稲木と話す機会はどんどんとなくなっていった。誰に気づかれることもなく、「石田with情けなズ」は自然消滅したのだった。

 

期末テストの1週間前になると野球部の友達は必死になった。普段、朝練や厳しい練習のおかげで授業中は寝ているためノートをとっていない。ノートを写させてもらうために休み時間はクラス中を駆けずり回っていた。

僕はというと根っからの真面目な性格で、ノートはバッチリとっていた。それどころかテストに出そうなところを勝手に赤色で書いて、赤の下敷きを重ねれば見えなくなるようにしていた。だからテスト前に焦ることはない。すると自然と話し相手もいない。僕はなんとなく稲木のクラスに顔を出しにいった。不思議な気持ちだ。中学の時から当たり前のように会ってきた稲木になぜか緊張している。すると根っからの真面目な性格2号の稲木もまったく同じ状況に陥っているようだった。

「おう、久しぶり」僕が目を合わさずに言う。

「いしっちぃ、久しぶりやん」目を輝かせる稲木。

「最近どう?」ヘタクソなMCのような質問しか出てこなかった自分に驚いた。

「まあまあかな」稲木の返しが気まずさをさらに演出した。

「今日、一緒に帰ろうや」テスト前のため、お互い部活が休みになっているはずだ。

「う、うん」稲木がぎこちなく笑った。

「じゃあ」僕は一時退散というコマンドを選択した。

 

授業が終わり稲木をクラスまで迎えにいった。テンションだけは高いがふたりとも目が泳いでいる。僕たちは内容とテンションが伴わない会話をしながら自転車置き場に向かった。知らず知らずに隣同士に置いている自転車がやけに恥ずかしい。僕たちは自転車にまたがりペダルを蹴った。

僕たちは「会話が盛りあがらないツーリング」を続けていた。僕が何かの話題を提供してもあまり長く続かない。逆に稲木が話題を提供してくれても、どう盛りあげていいかもわからない。僕はペダルに全体重を乗せて強硬手段に出た。

「おっと、外枠から12番イシダゲーリギミー。イシダゲーリギミーが追い込んできたぞ」と、僕はあまり詳しくもない競馬のノリをしかけた。

「おっと、後ろからさらに追ってくる。追ってくるのはどの馬だ。シタクチビルブルーンだーっ!」と、稲木はすぐさまのってきた。僕たちはこのまま全速力で家路を急いだ。

 

全速力で家の近くまで自転車をこいできた僕たちは、のどがカラカラになり駄菓子屋に寄ることにした。ふたりしてポカリスエットを一気に飲み干す。そして沈黙が広がった。何も新しい話題が出てこない。前はこんなことありえなかった。糸こんにゃくの話だけで5時間くらい笑っていた記憶だってある。こんなにも友達関係にブランクというものはあるのか。沈黙が怖くなったのか、稲木がいつの間にか買っていたポテトチップスを掲げて叫んだ。

 

「ポテトチップスゲーム!」

 

稲木が壊れた。

なんだそれは。稲木がポテトチップスゲームの説明を長々しているが、簡単に言うとチャラい合コンでお馴染みの「ポッキーゲーム」のポテトチップス版だ。稲木よ、いったいそれになんの利益があるのだ。誰も得しない。僕も稲木も駄菓子屋のおばちゃんもポテトチップスの業者も。

そんな僕の気持ちも知らずに稲木はポテトチップスを1枚くわえてこちらを見ている。正気の沙汰ではない。しかし、ここで断ったことでさらに気まずくはなりたくない。僕は「イェーーイ!」と拳を掲げた。

僕は自分の口を稲木がくわえたポテトチップスに照準を合わせくわえた。キスだけはなにがあってもしたくはない。もちろん僕も稲木もまだキスの経験がない。稲木も同じ気持ちのはずだ。僕は慎重に稲木に近づいていく。そして最も盛りあがるであろうギリギリの距離までいこう。僕は稲木の唇を凝視しながら少しずつ近づく。まだいける。まだ余裕がある……。

 

ブチュウ

 

いったいなにが起こったんだ。僕は稲木の唇を見たが僕の唇とはまだ距離がある。それなのにキスの感覚がある。なぜだ。そうか、忘れていた。稲木が「シタクチビルブルーン」だったのを。くわえたポテトチップスに隠れていた下唇がかなり飛び出しているタイプの人だったということを。

僕たちはすぐさま離れた。とっさに「ごめん」と言った僕に「ふたりだけの秘密な」と返した稲木。稲木の「ファースト下唇キス」は僕が奪ってしまったのだった。

 

 

         END
 
 
 
ほいでは。