ドライバーさんはトイレの前で天井を眺めている。たぶん何も考えないようにしているのだろう。

ガラス越しの雑誌コーナーの隙間から見えるドライバーさんは平静を装ってはいるが、限界なのは一目瞭然だ。何故なら天井を涼しい顔で眺めながらも、この世で最も小さなボックスを踏んでいる。真っ直ぐ立っていることも出来ないようだ。

視線を感じたのかドライバーさんがこっちを向いて目が合った。センブリ茶級の苦い顔で会釈をするドライバーさん。仏中の仏の顔で会釈を返す僕。ドライバーさんはまたもや天井を仰ぎ見た。

こんなにトイレを待っている人を眺めるのは初めてだ。腹痛には波がある。この波は自分でしか感じる事が出来ないと思っていた。しかしじっくり観察すると他人でも感じることが出来ることに気がついた。

波が来ていない時は、ただただ一点を見つめなにも考えないようにしている。少し波が来るとボックスを踏み始める。さらに波が押し寄せるとベルトや服の裾を下へ引っ張る。さらにさらに波が押し寄せると驚きの行動にでる。そう、まさにドライバーさんを今までで一番の波が襲ったのだろう。


ドライバーさんはトイレをノックした。


中に人が入っている事は確認済みであるにも関わらずだ。すなわちこれは確認作業ではない。限界アピールだ。

「どなた様か存じ上げませんがトイレの中のあなた様。そこにいらっしゃる事は存じ上げております。わたくしもバカではございません。ドアノブが回らない事も確認致しましたし、しっかりドアノブの下が赤く染められていることも確認致しております。その上でこの度ノックさせていただいた所存でございます。おわかりいただけますよね?そうなのです。もう限界なのです。ですので、一刻も早く切り上げていただければ幸いです。このわたくしの『限界』という言葉。信じるか信じないかはあなた次第です。いーや!漏らすか漏らさないかはあなた次第です!」

という意味合いの「コンコンコン」なのだ。

トイレの中の人よ。ドライバーさんの思い受け取ってくれ。僕は祈ることしかできなかった。

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つづく。


ほいでは。