6月の曇り空に己の不甲斐無さが見え隠れする夜、私は・・・箪笥の角に足の小指をぶつけた。

けたたましい音と同時に視界が真っ暗になり私は唸ることも出来ずに転がった。激痛に顔がよじれ、どろっとした汗が噴出した。

「ぬあぁ」やっと出た声は、近くを通り過ぎたトラックの音にかき消された。

私は両手の人さし指と親指で足の小指の付け根を揉みながら後悔した。

何故ぶつけたんだ。あの箪笥はいつからある?も10年以上あの場所にたたずんでいる。何故まだ私はその距離感が掴めてないのだ?もしかして少し移動したのか?いや、畳にめり込んだ箪笥は、もはやそこから生えているようだ。じゃあ何故だ?私はそんなに学習能力がないのか?仕事でミスするならまだしも、家の中を歩くことをミスするとは情けないにも程がある。それに初めてのミスではない。先月は2回、確か1月には17回同じミスをした。私は何故こんなに進歩がないんだ。何故そんなに端を歩く必要がある。どうどうと胸をはって真ん中を歩けばいいではないか。

苛立ちから小指の痛みが胃の痛みに代わった。

自責の念に駆られ、私は力いっぱい箪笥を蹴った。

けたたましい音と同時に視界が真っ暗になり私は唸ることも出来ずに転がった。激痛に顔がよじれ、どろっとした汗が噴出した。

「ぬあぁ」やっと出た声は、近くを通り過ぎた自転車のベルの音にかき消された。

私は両手の人さし指と親指で足の小指の付け根を揉みながら後悔した。

何故蹴ったんだ?痛いに決まってるじゃないか。どこまでバカなんだ。そもそも何故日本人は部屋の中で靴を脱ぐんだ?靴を脱ぐから小指が痛いのではないか。アメリカ人は日本人に比べて箪笥に小指を当てて苦しむ回数が100分の1。いや1000分の1かもしれない。不公平だ。でもそれは仕方ない。私が自分の家で靴を履いて生活すればいいだけの話だ。ふざけるな。部屋が汚れるではないか。一体どうすればいいんだ。くそったれ。何故私はアメリカ人に生まれてこなかったんだ。アメリカ人にさえ生まれていれば、こんな苦痛を味あわなくてもすんだはずだ。

苛立ちから小指の痛みが胃の痛みに代わった。

自責の念に駆られ、私は力いっぱい箪笥を蹴ろうとしたが踏みとどまった。そして私は箪笥の角を睨みつけ、その角に向かって唾を吐きつけた。

スッキリした。

だが冷静に考えた、自分の家の箪笥に唾を吐くとはどうかしているではないか。本当に正真正銘のバカではないか。そのとき左前方から視線を感じた。

母だ。唾を吐いたところを目撃されたようだ。母は私を睨みつけながらアキレス腱を伸ばしている。

私の喉仏がゴクリと音をたてた。

その瞬間、母は走り出し私のわき腹めがけドロップキックを放った。

けたたましい音と同時に視界が真っ暗になり私は唸ることも出来ずに転がった。激痛に顔がよじれ、どろっとした汗が噴出した。

「ぬあぁ」やっと出た声は、私の目の前で仁王立ちする母の鼻息の音にかき消された。