unlucky9 グッバイ マイ カー

 

 

 

貧乏な我が家に突如現れた車。父が誰かに譲ってもらったらしい。本当に譲ってもらったのかはいつも通り定かではない。駐車場代を心配してくれている方も多いだろう。しかしご安心を。これまた無料で停めさせてもらえる場所があるらしい。その駐車場は家から自転車を30分ほどこがなければならないのだが、無料なのだからありがたい限りだ。とにかく石田家の交通手段に車という選択肢が与えられたのだった。

しかし、頻繁に乗るかといえばそういうわけでもない。ガソリン代を恐れるあまりなかなか乗れないのが現状だった。ほぼ眺めるだけのマイカー。役立たずのはずのマイカー。しかし僕はこのマイカーが大好きだった。

今思うとボロボロの車だったのだが、僕にはキラキラと輝いて見えていた。毎日自転車で駐車場まで行き、その車を眺めては自分が運転している姿を想像して半笑いになる僕。そんな僕を見てられなかったのか、父が「明日、ドライブ行くか?」と言いだした。僕は眼球がこぼれ落ちそうになるくらい目を開けて「うん!」と言った。父はゲンコツで僕の頭をゴンと鳴らし「返事は『はい』や」と言って笑った。

 

次の日、ウキウキ気分で車に乗った僕は現実と向き合っていた。さすがは無料で譲ってもらっただけのことはある。鼻の機能が自動的に遮断するほど臭い。この中で獣でも飼育していたのだろうか。そして、助手席の座り心地の悪さたるや、間違って参加してしまった赤の他人の結婚披露宴を超えている。シートが裂け、そこから見えるスポンジもえぐり取られている。獣にでも食べられたのだろうか。僕は絶対に守ってくれそうもないゆるゆるのシートベルトを付けた。

父が車のキーをひねると、ワシャシャシャシャと、おじいちゃんの笑い声のような音が鳴った。長いおじいちゃんの笑い声のあと、カスンッと、おじいちゃんのせきのような音とともに父がキーをもとに戻す。どうやらエンジンがかからないらしい。また父がキーをひねる。がんばれおじいちゃん。おじいちゃんの奮闘が10回ほど続いてやっとエンジンがかかった。ブルンブルンと音を立てる車から暖房の風が吹いてくる。バージョンアップされた獣臭に包み込まれたマイカー。僕が吐きそうになっているのも知らず、父はアクセルを踏んだ。

走り出した車が僕をどんとんとガッカリさせていった。まず始めのガッカリはラジオだ。車といえばラジオが聴きたくなるものだ。ダメになってしまった嗅覚の分も聴覚に楽しんでもらわなければいけない。僕は父に頼みラジオの電源を入れてもらった。耳に痛みが走る。爆音が僕と父の耳を襲ったのだ。「うるさい」と父のゲンコツが僕の頭を襲う。僕は「ごめんなさい」とボリュームのつまみをひねった。しかし、ひねれどひねれど下がらないボリューム。このラジオぶっ壊れてやがる。イライラしている父がアクセルを踏んでいるほうの足で貧乏ゆすりを始めたのか、車が前後に揺れはじめる。このままではヤバイ。僕はすぐさまラジオの電源を切った。

次のガッカリはブレーキを踏んだ時だった。

前の車が急ブレーキを踏んだ。それにつられて父もブレーキを踏んだ。

 

キキーッ ガツンッ

 

事故を起こした、わけではない。急ブレーキを踏んだ瞬間4つの窓が勢いよく開いたのだ。急激に寒くなる車内。父がパワーウィンドウのボタンを押して閉じようとするものの「ウィーン」という音だけを鳴らして閉まろうとしない窓。まったくパワーを持ち合わせていないパワーウィンドウ。父はあきらめ「まあ、オープンカーみたいなもんや」と目を細めた。

最もガッカリさせたのは高速道路での話だ。あまり車を運転していなかった父は、間違えて乗るつもりもない高速道路に乗ってしまったのだ。父は「道路交通省に騙された」とわけのわからないことを言っていたが、父の単純なミスだということは一目瞭然だった。

 

 

高速道路を走り出したマイカーはスピードを上げ、さらに寒さが僕を襲う。しかし、寒さをチャラにするほどスピードを上げて走るマイカーはかっこ良かった。僕は寒さも獣臭も気にならないくらいにウキウキ気分になっていた。変化が訪れたのは速度がちょうど80キロに到達した時だった。どういうシステムなのかさっぱりわからない。80キロに到達した瞬間、左右のサイドミラーがゆっくりと閉まりはじめたのだ。ビックリする僕に父は言った。

 

「明っ、ミラー閉じひんように押さえとけ!」

 

僕は開きっぱなしのノーパワーウィンドウから手を出してミラーを押さえた。

 

そのミラーに映る僕は、まるで能面のような表情だった。

 

 

                   終わり

 

 

 

ほいでは。