unlucky8 終わらないクリスマス

 

 

 

あれは忘れもしないクリスマスイヴ。小学1年生だった僕は平行に立つことすらできないちゃぶ台の上を眺めていた。

いつもと変わらない冷やご飯と漬物と味つけゼロのもやし炒め、ほぼ無色の自称麦茶が並んでいる。なぜほぼ無色かというと市販の麦茶のパックを使ったあと、何度も洗濯物と一緒に天日干ししては再利用しているからだ。味は至って水道水に近い。でも僕は嫌いじゃない。

クリスマスイヴだからといって、なにも望んでやいない。ご飯が食べられるだけありがたいのだから。食卓を囲んでいるきょうだい3人も同じ気持ちだっただろう。そこに台所から母が明るい声で歩み寄ってくる。

 

「は~い、今日はクリスマスイヴやからチキンやで」

 

キラキラ輝いた目で僕たち4人は振り返った。顔になにか冷たいものがかかった。おそらくきょうだいのうち誰かのよだれだろう。かなりの悪臭がするがまったく気にならない。なんせチキンが待ってくれているのだから。

そうだ、これだけは話しておかないといけない。みなさんにとってのチキンは七面鳥かもしれないが、石田家にとってのチキンは違う。

そう、母が持っていたのは『チキンラーメン』だった。

それもひとりに1杯ある。これはある意味革命だ。僕たちはチキンラーメンというビッグゲストに文字通りよだれを垂らして喜んだ。

「いただきまーす!!!」とふた駅先まで聞こえそうな声で言うと、先の欠けた箸を手に取った。テンションが上がりきった箸から麺が逃げていく。4人そろって箸づかいが悪い僕たちは麺をつかむことをあきらめ、麺を最寄りの駅である「器」駅まで口で迎えにいった。ズルズルと音を立てて口の中に流し込む。なんて美味しいんだ。そして麺をすすった時、なんでこんなにも唇が気持ちいいのだ。「幸せ」という言葉が頭と口と胃の中に広がる。そしてあっという間にスープを最後まで飲み干した。自然とニヤニヤとしてしまっている僕。そんな幸せ全快の僕に母が耳元でささやいた。

 

「明、寝る前にサンタさんに欲しいものを書いて、枕元に置いておきなさい」

 

そんなバカな。サンタさんがいないことなど知っている。母から昔「サンタさんはいない。あれは金持ちだけができるお祭りや」と聞かされたからだ。その母が、欲しいものを書けと言っている。まさか買ってくれるのか。いったいなにがあったんだ。まさか強盗でもしたのか。そんなことでもない限り、我が家にそんなお金の余裕はないはずだ。

ありえないと思いながらも、僕は人生初めてのプレゼントに期待を膨らませてしまっていた。その「期待」という悪魔に憑りつかれた僕は冷静な判断を失い鉛筆とスーパーの広告チラシを手に取った。一瞬で欲しいものが思いつく。隣の家のお兄ちゃんが自慢げに見せてくれたあのオモチャだ。僕は広告の裏に鉛筆を走らせた。

「ゾイドのウルトラザウルスが欲しいです」と。

 

次の日、サンタさんに腕枕されている夢で目が覚めた。天井を眺める僕の心臓がバクバクいっている。それはサンタさんという存在になのか、おじいさんに腕枕をされていたことになのか、もしかして自分は男が好きなのかという疑問になのかはわからない。とにかくドキドキしていた。

僕は寝返りを打つように枕元に置いた広告を見た。なくなっている。そしてプレゼントも見当たらない。その代わりに違う広告が置いてあった。まさかサンタさんからの手紙か。そんなはずはない。サンタさんとの文通など聞いたことがない。そう思いながらもワクワクしてしまっている自分がいる。いや、おそらくもう「ワクワク」と口で言ってしまっている。僕は広告に手を伸ばしゆっくりと裏側を見た。見慣れた汚い字が目に飛び込んでくる。あきらかに母の字だ。それにはこう書かれていた。

 

「もうちょっと安くなりませんか? サンタより」

 

驚いた。まさかサンタさんが交渉してくるとは。でも仕方ない。我が家のサンタさんの経済事情はよく知っている。今思うとウルトラザウルスなど現実的ではなかった。「じゃあ、このじゃんけんで勝ったら1億円ね♪」というおふざけくらい非現実的だった。もっとリアルにいこう。僕はその日の夜、もう一度広告に手を伸ばした。

 

「わかりました。ゾイドのサーベルタイガーはいかがでしょうか?」

 

かつてここまで敬語を使いこなす小学1年生がいただろうか。お得意先に営業をかけているかのように、僕が下から提示したのはウルトラザウルスの半額以下のオモチャだ。サンタさんもこれならなんとかなるだろう。僕はまたもや期待に胸と鼻を膨らませ眠りについた。

翌朝、枕元にプレゼントが置かれていないことで、冷めきった僕が見た広告の裏にはこう書かれていた。

 

「もう、ひと越え  サンタより」

 

さすがだ。間違いなくこのサンタさんは関西人だ。少しでも値切ってやろうという精神がすさまじい。筆圧の強さが物語っている。僕はさらにプレゼントのランクを下げる。するとサンタさんはさらに下を要求してくる。

そして、このラリーは元旦まで続いた。

最終的に「もういいっす、チョロQで」とうんざり口調で書いた僕に対して、サンタさんは「お年玉で買ってください」という爽快な言葉で終止符を打った。なんという無駄な時間だったのだろう。僕のピュアな気持ちを返してください。サンタさん、いや母よ。

 

 

 

             終わり

 

 

ほいでは。