unlucky5 初めてのレストラン

 

 

 

基本的にお金がなかった石田家に「外食」という文化はなかった。

基本的には「家で食べる」か「給食」か「我慢する」かの3択だ。

石田家の外食といえば、お茶碗に入れた白米を焼肉屋の前まで持っていき、換気扇から流れてくる焼肉の香りでご飯を食べることだった。

そんな石田家にビッグチャンスが訪れた。それも立ち食いそばなどではなく、レストランに行けるのだ。それもファミリーレストランレベルのものではない。一品で1000円を超えてしまうような雲の上のレストランだ。そんなレストランの無料食事券をどこからか父がゲットしてきたらしい。もらってきたのか奪ってきたのかは定かではないが、父はニヒルな笑みでうちわを仰ぎながら僕たちにどや顔を向けてきたのだった。

日曜日に家族6人(父母ときょうだい4人)で行くことになったのだが、今はまだ木曜日だ。ワクワクが止まらない男きょうだい3人は、日曜日に行く予定のレストランへと偵察にいった。もちろん入ることはできない。外からガラス越しに中を偵察する。すると中にはちゃんときれいな服を着ている人たちばかりだ。これはピンチだ。僕たちきょうだいは小中高の制服以外で、ボタンの付いている服を持っていない。基本的に「どんな着方をしたら、そんな首回りノビノビになんねん!」というような、どちらかの肩がむきだしになるTシャツとランニングしか持っていない。

そして、さらにピンチなのが、みんな箸を使って食べていないのだ。

まったく知らない文化だ。ナイフとフォークを使ってハンバーグを食べている。スパゲッティに至っては、スプーンとフォークで器用にクルクルと巻いていやがる。あれはチュルチュル食べるのが醍醐味ではなかったのか。怖気づいた僕たちは逃げるように石田家に帰った。そして父と母と姉にこう伝えた。

 

今のままでは危険だと。

 

次の日に僕たちがしたこと、それは友達にボタンの付いた服を借りにいくことだった。「レストランに行くためだ」なんて言えるわけがない。僕は「ボタンの付いている服の絵を描きたい」という意味不明な理由で借りることに成功した。

あとはナイフとフォークとスプーンの使い方だ。

スプーンとフォークはかろうじてあるもののナイフなどは家にない。箸をナイフ代わりにして石田家はシミュレーションをした。貧乏とて恥はかきたくない。その一心で石田家は日曜日までの2日間、エアレストランに明け暮れた。

 

初レストラン前夜。楽しみを超え、緊張が押し寄せてきて一睡もできない僕。その両サイドでまったく同じ状態の兄たちがいた。目を閉じることもなく目を天井に向けている。血走っているとはまさにこの状態のことだ。おそらく隣の部屋では両親も姉も同じようになっているのだろう。僕は立てつけの悪い家のシャッターのように閉まりにくいまぶたを力ずくで閉じた。

翌朝、見事に12個の目が充血していた石田家は家族会議を行った。全員で食べ方のおさらいをしたあと、人から借りた服だから絶対に汚してはいけないと母が言った。この一言によって食事の難易度がまた上がった。そして最後に父が立ち上がりこう言った。

 

「よし行くぞ。貧乏ってばれるなよ」

 

石田家全員、足を震わせながらレストランの席に着くと、自分の前に思っていた以上の数のフォークたちが並んでいた。目が点になり焦る僕たちのもとにウェイターがメニューを持ってきた。たくさん字が書かれているが、僕にはなんのことかさっぱりわからない。そんなことよりも、なんなんだこのフォークたちの数は。いったいなにに使うのだ。父もそう思っていたのかメニューを一切見ない。

そして、レストラン中に響き渡る声で「ハンバーグ定食6個」と言った。レストランで定食があるかは不明だったが、その時の父は格別にかっこよかった。

ハンバーグが来るまで石田家は沈黙を守った。フォークたちの本数に驚愕しているのもあったが、気軽にしゃべってしまうと貧乏だとばれてしまうと感じていたからだ。

「なんなん? フォークむっちゃ多いやん」などと言ってしまったら終わりだ。僕たちは無言のまま姿勢を正してうつむいていた。逆にこれで貧乏だとばれてしまったのだろうか。ウェイターがハンバーグのいい香りを運んできながら言った。

 

「お箸、お持ちしましょうか?」

 

なんたる屈辱。ふざけやがって。父の拳が太ももの上でギシギシと硬くなっている。父が立ち上がった。

 

「お願いします!」

 

その時の父は格別にかっこわるかった。

僕たちのエアレストランはまったくの無意味に終わった。ガッカリはしているが目の前には見たこともない美味しそうなハンバーグが湯気で僕たちを誘っている。石田家は一斉に箸をハンバーグへと突き刺した。そしてひと口サイズにして口に放り込む。

しかし、「美味い!」という感動を追い抜いたやつがいた。それは「痛い!」だった。きょうだい4人ともが口を曲げて水を飲んだ。そして僕は言った。

 

「口内炎、できてる」

 

それに対して「俺も」「私も」と賛同するきょうだいたち。どうやらレストランのプレッシャーが多大なストレスになり、見事に口内炎ができてしまったらしい。僕はハンバーグを見ながら目に涙を浮かべた。

 

「なんでこんな日に口内炎なるん!? 神様ひどいわ!!!

 

その切ない光景たるや、僕たちはどこからどう見ても貧乏家族だった。

 

 

          終わり

 

 

ほいでは。