unlucky2 インコたちの逆襲
小学校1年生の頃、僕は喘息に悩まされていた。それもかなりひどかった。夜はせきがひどく本当に眠れなかったし、学校でも突然せきが止まらなくなることがあったので、常に首から吸引器をぶら下げていたほどだ。
入学したばかりの小学校では、控えめな性格からか友達はできず喘息を理由に学校を休むことも多かった。
そんな僕の唯一の楽しみは、家で2年前から飼っているセキセイインコの世話だった。でも、飼ってはいるが、買ったわけではない。貧乏な我が家にペットを買うお金などあるはずがない。父親が土下座をして知り合いから譲ってもらったのだ。それも7羽も……。さらに僕がすっぽり入れるくらい大きな鳥かごも一緒に。あとは「これ何年分やねん」だとか「業者か!」とツッコミたくなるほどの大量のエサまでも。
おかげさまで僕たちきょうだいの寝るスペースはなくなったが、インコたちは自由気ままな生活が約束されたのだった。僕は鳥かごの掃除をする担当になった。飼いはじめて2年にもなる僕は掃除も慣れたものだ。
ある冬の日、まずいつも通り換気のために部屋の窓を全開にした。ひんやりした風が頬に触れ、枯葉の転がる音に鼓膜が微かに揺れる。
そしてバケツに入った使い慣れた掃除用具一式を手に持ち、鳥かごの扉を開ける。
しゃがんで鳥かごの中に入り、扉を閉める。
インコたちが出迎えてくれているようにきれいな声で鳴く。
僕はこの瞬間がすごく好きだった。学校では誰も僕を必要としてくれないが、この中は違う。みんなが僕を必要としていて、みんなが僕を愛してくれている。それを噛みしめながら目をつぶり嫌なことを浄化させていく。心の黒い部分がきれいになるとニヤニヤしながら僕は目を開けた。
すると驚いた。
2羽のインコがまるで打ち合わせでもしていたかのように、それぞれ僕の両目に向かって勢いよく飛び込んできたのだ。僕はとっさにまぶたを閉じ、その急襲をギリギリで回避する。くちばしか足が当たったのか、まぶたが痛い。目を閉じていてもインコ7羽が興奮状態で飛び回っているのがわかる。
「バサバサ」「ピーピー」「ガチャンガチャン」という獣感むきだしの音が四方八方、それもかなりの近距離から聞こえてくる。とてつもなく怖い。
さっきまで存在していたあれほどのパラダイス感は完全に消失してしまった。ここに存在するのは野生の恐ろしさだけだ。
僕は勇気を振り絞り薄目を開けた。扉の位置は一瞬で確認できた。早く脱出しないとインコに殺されてしまう。こんなことがあってもいいのか。嫌だ。インコに殺害されたなどとニュースになった日には、葬式で笑いをこらえる人だらけになるに違いない。……そんなの絶対嫌だ。
それにしてもなんということだ。せっかく2年もかわいがってきたのに。僕を愛してくれていると思っていたのに。実は僕が油断する日を、今か今かと待っていたのか。動物って恐ろしい。僕はそんなことを思いながら素早く扉に手をかけた。
鳥かごから勢いよく飛び出した僕は扉をすぐさま閉めようとした。だがその時にはもう遅かった。僕とほぼ同時にインコ7羽が鳥かごから出ていたのだ。僕をあざ笑うかのようにあらゆる角度から見ている。これが江戸時代の侍だったとしたら一巻の終わりだったが、いっても相手は鳥だ。
「威嚇さえすればなんとかなりそうだ」と判断した僕は思い切ってジャンプしながら「みゃーーーっ!!」という奇声をあげた。今思うと恥ずかしすぎる行動だが、その時はうまくいったのだ。インコたちは慌てふためきバサバサと羽を忙しく動かし、部屋中の壁にぶつかりながら開けられた窓から飛び立っていった。ベランダに干された僕のお気に入りの服にだけフンをまき散らして……。
逃げられたことによってきょうだいからかなり責められ、父からは「俺の土下座を返せ」と1日中土下座させられた。母は空気を良くしようと思ったのか「よくも非常食を……」とボケていたが、すさまじくすべっていた。今思えば、もしかしたらあれは本気だったのかもしれないが……。
インコが逃げてからというもの散々な仕打ちをくらったが、信じられないことがひとつだけおこった。
なんと、僕の喘息が治ったのだ。
あれだけ苦しんだ喘息がケロッと治った。これには本当に驚いた。治ったことではなく、その理由に驚いたのだ。
なんと、僕は鳥アレルギーだったのだ。
喘息の原因は7羽のセキセイインコ。読者のみなさんは「喘息が治ったんだから、ラッキーじゃないか」と思うかもしれない。でもよく考えてほしい。こんなアンラッキーなことはない。
僕が2年も苦しんだ喘息を運んできたのは、父親の土下座だったのだから。
おわり
自宅待機の暇つぶしにでも読んでください。