unlucky1 ポキンキンでブランブラン

 

 

 

小さい頃、僕の家にはテレビがなかった。それも15歳まで。

それは「教育方針」だとか「テレビより新聞を読みなさい!!」というような、そんな大層でかっこいい理由ではない。ただただ貧乏だからという残念な理由でだ。

でも石田家にも貧乏ながらにプライドもあったのだろう、13歳から15歳までは粗大ゴミで拾ってきた、決して映像が流れることのないテレビが居間に置かれていた。コードすらないテレビ。明らかに違うメーカーのリモコン。

そんな石田家は3DKで破格の2万1000円という住宅に家族7人で住んでいた。

職場でケンカをして「給料なんかいるか!!」と啖呵を切り、辞めては再就職を繰り返す父。

 

僕たちに「ほら、プラモデルやで~」と、言葉巧みに靴下のハンガーをつくる内職を手伝わせる母。

朝から晩まで酒粕をちびちび食べている祖母。

不良の学ランに憧れ、学生ズボンの裾を輪ゴムで細くしている長男。

必要以上に強気で、いちばん男らしい長女。

「『日曜日』を英語で書きなさい」というテストで、堂々とカタカナで「エブリデイ」と書く次男。

そして「明るい子」に育ってほしいという意味で「明」と名づけられたのに、画用紙に架空の人物を描き、その絵を友達だという僕。

はっきり言おう。……終わっている。

でもこんな家族だからこそ、すさまじいアンラッキーな経験をし、笑いの絶えない人生を送れているのかもしれない……。

 

幼い頃、僕は保育所から家に帰るのがとても嫌だった。

それはなぜか。家におもちゃがない。でも家には遊びたい盛りの小学3年生と6年生の兄ふたりがいる。すると兄ふたりの考えは、自然と「僕をおもちゃにして遊ぶ」という結論に至る。とても単純だ。毎日、その「アキラ遊び」に参加しなくてはいけないのが本当に嫌だったのだ。

「アキラ遊び」にはいろいろあった。その中でも「アキラら隠しゲーム」というゲームは人気だった。

どんなゲームかというと、ひとりがより隠れたくないようなところ(例えばヘドロだらけの溝など)に僕を隠して、もうひとりが僕を探し見つけるというものだ。大体が見つけられず、正解発表で泥だらけになった僕が登場して、兄ふたりがケラケラ笑うというのがお決まりのパターンだった。

でも、小学生ふたりにこういった変わり種のゲームはそんなに思いつくわけもなく、そのうち簡単な遊びばかりになった。その中でも頻繁に行われるようになったのが、「かけっこをして負けたら罰ゲーム」という、あきらかに末っ子が不利なパターンの遊びだ。園児の僕が3歳上と6歳上に勝てるわけがない。

毎日繰り返される罰ゲーム。そんなにきついものはなかったが、好きな女の子の名前を住んでいる団地の11階から叫ばされるのだけは本当に嫌だった。その子が10階に住んでいたから……。

 

ある日のこと。

「相撲をして負けたほうがしっぺを喰らう」という、相変わらず一瞬で、そして確実に末っ子が負けることが予想できる遊びをすることになった。

相撲を早くしたい兄ふたりは我先にと僕を取り合った。長男が僕の右手首を、次男が僕の左手首をつかみ引っ張りあった。勢いよく両サイドに引っ張られた僕は宙に浮き、「ポキンポキン」という楽しい音を両肩で奏でた。

そう、両方の肩を脱臼したのだ。

あのハッピーな音からは想像もできない激痛が僕を襲った。痛む肩を手で押さえたいが、両手にまったく力が入らない。まったく僕の力が手の先に伝わらない。まるで電源ボタンを押してもまったく点こうとしないテレビみたいだ。嫌だ。僕は粗大ごみなんかじゃない。気がつけば大声を出し泣きじゃくっていた。兄ふたりは何が起こったのかもわからず、泣きわめく僕を見て……、

 

「これが反抗期っていうやつか……」。

次男が真顔で言った。

 

「俺らより先にくるとは生意気やなぁ」。

長男が僕をにらむ。

 

そうこうしていると、僕の泣き声を聞きつけて母が走ってきた。

「明、うるさいなぁ!」というひと声目には、激痛に苦しんでいる僕もさすがに驚いたが、息子の〝両腕のブランブラン感〟に気づいた母は「あんた、それ脱臼してんちゃうの?」と言うと兄たちをにらんだ。次の瞬間「おまえらか! コラッ! アホッ!」と長男のおでこと次男のあごを母の拳が襲った。

そして、それぞれの理由で号泣する僕たち3人を置いて、母は猛ダッシュで自転車を取りにいった。兄たちは泣きながら「おまえのせいでお母さんに殴られたやんけ!!」という果てしなく理不尽なことを言ってきたが、それどころではなかった。

母は猛スピードの自転車で再登場した。僕を力ずくで後ろの荷台に乗せたあと、改めて兄たちのおでことあごをはたいた。泣きわめく兄たち。間違いなく今いちばん泣きたいのは僕なのに……。

 母が右ペダルに全体重をかけ自転車は走り出した。僕は母の背中に頭を押しつけた。すると母が叫んだ。

 

「明!! 今から猛スピードで病院に行くから、しっかりつかまっときや!!

 

「いや無理……」という僕のか弱いツッコミは、チリンチリンという力強いベルの音にかき消されたのだった。

 

                      終わり

 

 

ほいでは。