ボスニア ヘルツェゴビナの首都、サラエボから始まる朝
いよいよ、この旅の最終日です

朝食のビュッフェにて、控えめにいただきました
ずーっとお天気に恵まれていたのですが、最終日だけは雨
天気も相まって、サラエボという土地柄的にもなんとなく全てどんよりした絵面になりました
バスで市内を移動していきます

車窓からの眺め
トラム(路面電車)も走る町のメインストリートですが『スナイパー通り』というちょっと怖い名前で呼ばれています
ボスニア・ヘルツェゴビナの独立宣言を切っ掛けに起きたサラエボ紛争時、この通りの両脇の建物に潜んだセルビア人狙撃兵達が、ここを歩く一般市民たちを誰彼構わず、狙撃していたという通りです
廃墟もポツポツあります
建物を壊して立て直すよりも新しい場所に新しい建物を作る方が安く済むので、こうやって廃墟が残ってしまうんですって

この建物は旧ホリデイインホテル
サラエボ紛争時は世界中のジャーナリストの溜まり場だったそうです

国立図書館(旧市庁舎)の建物
オーストリア=ハンガリー帝国時代に建てられた華やかなムーア様式の傑作
一度紛争で崩落してしまったのを綺麗に修復したもの


別アングルから

ここが第二次世界大戦の切っ掛けを作ったサラエボ事件(1914年)が起きた場所
このラテン橋の先の「MUSEUM」と書いてある建物の前で、オーストリア皇太子夫妻が暗殺されてしまったそうです

サラエボを歩いているとあちこちで見かける『サラエボのバラ』は、紛争中の迫撃砲の砲弾で死者を出した爆発の跡を、後に赤い樹脂で埋めたもの
カトリック大聖堂『イエスの聖心大聖堂』

「SARAJEAVO MEETING OF CULTURES」
サラエボ内の文化の境界線です
あっちとこっちでは文化の違う街並になるよってことみたいです

旧市街の中心にある職人街『バシュチャルシヤ』をぶらりと歩きます
ここら辺で雨が雪に変わりました 寒い…
通りのお菓子屋さんのお菓子がなんだかメルヘン

途中にあったモスク

寒いし足元も悪いのでカフェで休憩をすることにしました
カフェは『Kolobara Han』

店内は空いています

ボスニアンコーヒーっていうのを飲みました
Rahatlokum(ラハトロクム)というもっちりしたお餅みたいなお菓子と一緒に

金銀細工を扱う土産物店が並ぶ通りは、少し京都にも近いしっとりした雰囲気


金銀細工の食器はキラキラしていますね
ボスニアンコーヒー用のセットもあります

雪景色の中のトラム
雪景色の中のモスク
この後はサラエボからケルン、ケルンからミュンヘンと国内線で移動し
乗り継ぎ時間が少なすぎて走って移動…
ミュンヘンから羽田へ12時間の長距離フライト
やっと日本に戻ってきたと思ったら…
スーツケースがミュンヘンに置いてけぼりにヽ(TдT)ノ
人間はなんとか走って乗り継ぎが間に合ったのですが、スーツケースたちは乗り継ぎに間に合わなかったようです
バゲージロストしたわけではなかったのですが、スーツケースが手元に戻ってきたのは2日後でした
こんなこと初めてだから、びっくりしちゃった
スーツケースはレンタルだったから延滞金を払わざるを得なかったのが痛かったけど
まぁ、無事に日本に帰ってこれて良かった、な旅でした
以上でクロアチア・スロベニア5ヶ国縦断8日間の旅の記事は終わり
てんこ盛りな内容でしたねー
いよいよ、この旅の最終日です

朝食のビュッフェにて、控えめにいただきました
ずーっとお天気に恵まれていたのですが、最終日だけは雨
天気も相まって、サラエボという土地柄的にもなんとなく全てどんよりした絵面になりました
バスで市内を移動していきます

車窓からの眺め
トラム(路面電車)も走る町のメインストリートですが『スナイパー通り』というちょっと怖い名前で呼ばれています
ボスニア・ヘルツェゴビナの独立宣言を切っ掛けに起きたサラエボ紛争時、この通りの両脇の建物に潜んだセルビア人狙撃兵達が、ここを歩く一般市民たちを誰彼構わず、狙撃していたという通りです
廃墟もポツポツあります
建物を壊して立て直すよりも新しい場所に新しい建物を作る方が安く済むので、こうやって廃墟が残ってしまうんですって

この建物は旧ホリデイインホテル
サラエボ紛争時は世界中のジャーナリストの溜まり場だったそうです

国立図書館(旧市庁舎)の建物
オーストリア=ハンガリー帝国時代に建てられた華やかなムーア様式の傑作
一度紛争で崩落してしまったのを綺麗に修復したもの


別アングルから

ここが第二次世界大戦の切っ掛けを作ったサラエボ事件(1914年)が起きた場所
このラテン橋の先の「MUSEUM」と書いてある建物の前で、オーストリア皇太子夫妻が暗殺されてしまったそうです

サラエボを歩いているとあちこちで見かける『サラエボのバラ』は、紛争中の迫撃砲の砲弾で死者を出した爆発の跡を、後に赤い樹脂で埋めたもの
カトリック大聖堂『イエスの聖心大聖堂』

「SARAJEAVO MEETING OF CULTURES」
サラエボ内の文化の境界線です
あっちとこっちでは文化の違う街並になるよってことみたいです

旧市街の中心にある職人街『バシュチャルシヤ』をぶらりと歩きます
ここら辺で雨が雪に変わりました 寒い…
通りのお菓子屋さんのお菓子がなんだかメルヘン

途中にあったモスク

寒いし足元も悪いのでカフェで休憩をすることにしました
カフェは『Kolobara Han』

店内は空いています

ボスニアンコーヒーっていうのを飲みました
Rahatlokum(ラハトロクム)というもっちりしたお餅みたいなお菓子と一緒に

金銀細工を扱う土産物店が並ぶ通りは、少し京都にも近いしっとりした雰囲気


金銀細工の食器はキラキラしていますね
ボスニアンコーヒー用のセットもあります

雪景色の中のトラム
雪景色の中のモスク
この後はサラエボからケルン、ケルンからミュンヘンと国内線で移動し
乗り継ぎ時間が少なすぎて走って移動…
ミュンヘンから羽田へ12時間の長距離フライト
やっと日本に戻ってきたと思ったら…
スーツケースがミュンヘンに置いてけぼりにヽ(TдT)ノ
人間はなんとか走って乗り継ぎが間に合ったのですが、スーツケースたちは乗り継ぎに間に合わなかったようです
バゲージロストしたわけではなかったのですが、スーツケースが手元に戻ってきたのは2日後でした
こんなこと初めてだから、びっくりしちゃった
スーツケースはレンタルだったから延滞金を払わざるを得なかったのが痛かったけど
まぁ、無事に日本に帰ってこれて良かった、な旅でした
以上でクロアチア・スロベニア5ヶ国縦断8日間の旅の記事は終わり
てんこ盛りな内容でしたねー


