アメリカで撮った写真は
次の日に現像しに行ってきて
一通り手元にあるんだけど
私のカメラで撮った写真には
1枚も私が写ってるものはなくて
友達と一緒に撮った写真も1枚もないの。


でもこれは私の中では普通で
いつものことなんだけど
今回色んな人に
なんでないの?!
もったいない!って言われることが
すごく多くて
ちょっとうろたえている今日この頃。。



きっとみんなと私とでは
写真で残すことの意味が
ちょっと違っているのかなぁ。。


もともと私は
写真で撮られることが苦手で
きっと始まりはそこだったんだろうけど。


でも今、私にとって写真って
その瞬間、一瞬に
私が見たもの、感じたものを
残しておきたくて撮っているから
私が被写体になることはないのよね。


常に私が見ている視点を撮りたいから。

だから友達が写っていることはあっても
私が写っているものはない。




私にとって
誰かと一緒に過ごした思い出を
写真で残しておきたいっていう思いが
あまりなくて、
だから今まで付き合った彼氏との写真も
1枚もない。

でもそれでも、
その人との思い出は
思い返せば鮮明に思い出せるし
いい形の思い出として
私の中でちゃんと残っているから
それで充分。


わざわざ「写真」として
形に残しておかなくても
それでいいの。

きっと形に残しておけば
変な風に執着してしまう気もするし。

私の中で、時間が経つにつれて
余計なものが落ちていって
最終的に残った記憶としての思い出を
いい形で受け入れられるなら
それでいいかな。



っていっても
人と写真を全く撮らないわけじゃなくて
みんなと楽しんでる時は、
みんなと写真も写るし、撮ってもらうから
一方的にこんなことを書いてたら
誤解を招きそうだけど(笑)



また少ししたら変わるのかなぁ。
何年か経っていたら
私の持っている写真には
満面の笑みの私ばかりだったりして。(笑)

でも、
それならそれでいいと思うけど(^^)

そうなっていれば
きっと私のなかで何か変化があって
残しておきたい!と思えるように
なったのかもしれないしね。




結論、写真ひとつにしても
私は面倒な性格だということ、ね。(笑)





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