毎年
雛祭りが終わった
翌日には
大阪にいる
母に電話をしたくなる。

と言うのも
記憶している中で
母は
私がお嫁に行くまで
おそらく一度も欠かさず
毎年毎年、どんな年も
雛飾りを出し
春らしい料理で
お祝いをしてくれたので

今さらながら
年に一度とはいえ
途切れない継続の
その意味が身に沁みてきて、
子供を寝かした
3月3日の夜には
静かに並ぶ雛飾りを
見ながら色々考え
「明日、電話しよう」
と、思うのだ。

そして
電話をすると
いまだに
「今年もお雛様飾ったよ」

言う母に、
健康で長生きしてほしい
と思うし
私も
健康で長生きしよう、
と、痛感する。


今日は
そんな母のことを
書こうと思う。

母はもう70過ぎの
おばあちゃんだが
背筋や歩く姿は
ピシッとしていて、
いつもなんでも
ピシッとアイロン、
着物とお裁縫は
人に教えられるくらい
好き。
そんな
日本のお母さんだ。


あれは私が
小学生高学年の時。

女子のほとんどが
チェッカーズのフミヤ様の
甘い声とステップに
体中から真っ赤なハートを
ふき出していた頃。

やがて時代ごと
光GENJIという強烈な熱気に
教室中の女子が渦巻き
飲みこまれて行くのだが、
私は
その光る渦に憧れつつも
どっぷり入ることも出来ず、
気がつけば
バービーボーイズの
杏子さんとKONTAさんが
繰り広げる
大人の駆け引きと、
C-C-Bの関口誠さんの低音部分に
夢中になってしまい、
周りの女子と
全くかぶらない下敷きを持ち、
同じく光の渦に入れない
立浪選手の下敷きを持った子と
互いに一方通行の会話を
したりしていた。

*当時は透明の下敷きに
 好きなアイドルなどの
 雑誌の切り抜きを
 挟むのが流行っていた。

特にバービーボーイズの
いまみちともたかさんの書く、
大人の恋愛をうっかり
床にぶちまけたところを
偶然見てしまったような、
なんともいえない
気持ちになる歌詞に
とにかく
ドキドキしていたのだった。

今やその名曲たちも
RGと鬼奴さんボーカルで
脳内再生されつつありますが…

まあそんな
それぞれが
色んなことや
人に
夢中になってしまう
多感な頃。

あ~
生でこの人たちの声を
聴いてみたいな~、
などと思っていた私に
ある日
きっちりした母が
「気持ちわかるわ…」と
言って来たのだ。

母も昔、
テレビで見た
ある人のことが
好きで好きで
会いたくて会いたくて
お金を貯めて会いに行った
ことがある、と。

私はその頃
ちょっとした反抗期だったのだが、
少し恥らいながら
初めて聞く話をする母に
急激な親近感を覚えた。
「えっ、そうなん?
 お母さんにそんな時代
 あったん?」

母は頷き、さらに続けた。

実は会いに行くどころか
追っかけをしていたと。
日本中、その人が
いる場所に飛行機に乗っては
会いに行って、
握手してもらっていたと。

おかんの情熱に
ちょっとだけ引く私。
「へえ…なかなかやな…」

当時を思い出しているのか
少女のように頬を染め
はにかむ母。
「かっこよかったんよ~」

「へ~誰?
 やっぱ裕次郎とか?」

「いや、猪木」

「え?」

「猪木」

「猪木?」

「アントニオ」

「アントニオ?」

「アントニオ猪木」

あの時の
いや
あん時の
ものすごい衝撃を
私は忘れられません。

お母さんが!

お母さんが!

思ってたんと違う!

色々、違う!


「えっ、猪木?
 猪木に会うために
 お金貯めて日本中
 飛行機で?」

「そう巡業があるから」

「巡業?」

「しかも毎回着物」

「しかも毎回着物!?」

「着物でプロレス見て
 着物で出待ち。
 一人で!」

「うわああ」

ドン引きの私を
察した母は
慌てて
「あ、違うの違うの!
 ゆきちゃん!
 あれやよ?
 昔の猪木さん知らんから
 びっくりしてるんやわ。
 猪木さん、昔は
 アゴ出てなかったんよ?」

うそん!

アゴ出てなかったんやったら
それ猪木さんちゃうんちゃう?

しかし母は真剣に
「ほんまほんま、
 徐々に
 出てきはったのよ」
と言い張る。

うそつけ!

どういう仕組みやねん

というか
別にアゴのことは
ええねん

私としては
ちょっとおかしな人だが
どちらかというと上品タイプの
自分の母親が
プロレスファンで
一人で全国飛び回って
誰かの追っかけしてたことに
びっくりして
若干引いてんねん!
しかもなんで着物やねん…

と言いたかったが
母はすでに
立ち上がって
モハメド・アリとの
対戦を再現していたので
黙るしかなかった。

そして
私はよほどショックだったのか
しばらくは
誰にもそのことを
言えなかったのだった。


今ならね、
昔の猪木さんの映像色々見て
タイガー・ジェット・シンとの
闘いの時なんて
ほんとにかっこいいし
トレードマークのアゴも
シュッととんがってて
強そうだし、
おかんいい趣味やなあ

思うのですが、
多感なあの時期に
自分の母親が
急に
「猪木のおっかけしててん」
「アントニオ」
「飛行機で日本中」
「着物で」
「コブラツイスト!」
「ジャックブリスコ!」
とか言い出したので
ちょっと衝撃的だったのです。

母っぽくないワード満載すぎて。

でも今なら言える。
ステキだと思う。



雛人形を仕舞いながら
そんな母との会話を思い出した、
春の始まり。