統合失調症との共同生活 -38ページ目

0時に寝て目覚ましなしで6時に起きることができました。

もう少し睡眠をとってもいいですがこれくらいなら明日のデイケアにも参加できそうです!

早く退院したいなあ。

人と人をつなぐ大事なピースの一つは笑顔であると思う。けれど私はあまり笑うことがない。

一対一ならば、このタイミングで笑えばいいなどと考え、笑顔を作れるが多人数になると

笑顔になることでこの会話に私が混ざってしまってもいいのかと不安になる。

それを人に話すと考えすぎだと言われる。笑いたいときに笑えばいいだけだと。

でもそれだと私は無表情のままで、生意気そうに見られたり人を拒絶しているように見られる。

 

現に、私の入院している四人部屋では私だけが無言で三人が楽しそうに話していることが多い。

孤独を感じるし、なぜ混ざれないのだろうと思う。話をふってもらえないのも、実は嫌われているのではないかと

思うし、自分がいない間に陰口の一つや二つ言われていそうな雰囲気もある。

 

笑顔が多くて冗談の好きな人には人が寄ってくる。私も健常者だった頃はそうだった。

今は冗談も通じないし笑顔にもなれない。私と話してもつまらないだろうなあと自覚している。

もっと楽しい話ができればいいのだが、何も浮かばなくなってしまった。

話しかけられても、事務的な返事しかできない。

 

統合失調症はドーパミンという快感物質が出過ぎることで妄想や幻聴が発生すると考えられているようで、

それを抑える薬を飲まされる。そのため生きている快感。楽しさや幸福感というものが薄くなる。

そして、私の場合は恐怖心が強く心に刻まれているため恐怖で生きている感覚になる。

 

健常者だった頃はたくさん笑った。仲間と馬鹿もたくさんした。今は本当に笑うことがないし仲間も作れない。

もうすぐ闘病生活10年になる。最悪だった頃を思い返せば、大分良くなったと言えるが、

良くなってこれかよと思ってしまう。

 

これが新しい自分、新しい性格なのだと考えると、相当つまらない人生が待っているだろう。

入院していると、職員の方々や入院患者が話しかけてきたりするが気の利いた一言で笑わせてあげることもできない。

昔ならきさくに冗談を言って笑わせられてたのになあと感じ、劣等感を抱く。

 

まあそれでも生きていく。楽しいことを人と共有できるのが一番良いことだが、

私はこうして部屋に一人で気持ちを吐露すると楽になれる。

 

私は過去、少年時代に暴走族グループで犯罪行為をし、少年院に入っていたことがあります。

ヤクザ、右翼の人たちとの付き合いもありました。現在はその人たちとの何の縁もありません。

今後も、犯罪グループとは関わる気がありません。

 

その頃、犯罪がとても身近にありました。暴力こそがこの世を生きる力でした。

犯罪者仲間がとてもたくさんいました。犯罪をする人間にも様々な理由がありますが、

私の場合はそこにしか居場所がなく、仲間がいなかったからそうしていたと言えます。

 

今、犯罪をすることはもうなくなったとはいえ、犯罪者がたくさんいる現実を知っているので、

いつ自分の身に降りかかってくるかと不安で仕方ありません。

家の前で車のエンジン音が止まったり、知らない番号から電話がかかってきたり、

インターホンが鳴ったりすると胸がドキドキします。夜道、人通りの少ない場所も怖いです。

 

犯罪をしていた頃は、自分は「する側」であり、犯罪被害者になる側だとは全く考えていませんでした。

統合失調症になる前は、犯罪に巻き込まれても逆切れでもして立ち向かう勇気というか無謀さがあり、

特に考えていませんでしたが、精神障碍者となり、心が弱くなって人と向き合うだけでも心細くなります。

 

まさに自業自得であり、同情の余地など全くないのですが、私もいつか犯罪に巻き込まれて暴力行為を

受けるのではないかという心配が胸から消えることがありません。

金品は持っていませんが、因縁をふっかけられて犯罪に巻き込まれる気がしています。

 

因果応報をいうのならば、私は今後酷い目にあう気がしてなりません。現に、過去職場の同僚とその仲間から

リンチされかけ、タクシーで交番まで逃げて引っ越しまでした経験があります。

警察は、リンチされてからでないと動きません。下手したら殺されて埋められます。

私はそれほどの犯罪をしたわけではありませんが、そんな危険な人間が身近にいるという恐怖が

胸から消えません。生意気で横暴な振る舞いをとっていた私も悪いのですが、それだけの、

ただ気に食わないという理由だけでリンチという選択肢をとる人間がいました。

 

主治医に相談したところ、そういったものによるトラウマというものは対処療法しかなく、

根本的な完治は難しいようです。今後年月を重ねて、犯罪と無縁であると確信できたなら、

私も毎日を安心して送ることができますが、犯罪は必ずどこかで起きます。

被害者になる可能性は常にあるわけです。それなのに、よくみんな平気な顔で生活を送ることが

できるなあと思っています。

 

私はそのリンチされかけた恐怖心から5年引きこもりになりました。再び社会に出ていかなくてはならないのですが

私はとんでもなく弱いです。体も心も。少し脅されただけでも従ってしまうでしょう。

優しい人間の方が多いから、世界はまわっていくのでしょうが私は優しくもないし怖くもない、何もないです。

ただ、恐怖と不安と痛み、苦しみから遠ざかりたいという思いだけを持って生きています。

そのためには、やはり引きこもり、ネット上だけで人とつながるのが一番不安が少ないです。

肉体に暴力が及ぶことはありませんし、素顔だって知られないから安心です。

 

でも、それは世間一般ではいけない行為とされています。

私の胸の不安がなくなり、人を信頼できるようになる日はいつかくるのでしょうか。

30年間生きてきてやはり犯罪に対する罪悪感から自分にそれが返ってくる、きているという感覚です。

少年院に入った程度で罪は終わりません。被害者は、私にされたことがきっかけで大きな苦しい思いを

抱えることになったはずです。私自身も、いつまで経っても苦しみを抱えることになってしまいました。

 

恨み、嫉妬、執着、横暴、傲慢さから人は罪を犯します。私には今どれもありませんが、

私に対してその感情を抱いている人間がいます。その人が怖い。あとは通り魔も怖い。

 

健全に育つことができていれば、こんな思いに悩まされることはありませんでした。

犯罪加害者も、いつか自分が弱い立場になったとき、後悔して恐怖に怯える日が来ます。

私のように。

 

遊びで犯罪、暴力に手を出す人間もいました。人間は本当に怖い。でも優しい人もいる。

だから関わるのが疲れてしまう。真面目に平和に、おとなしく今後の人生を送っていくので

どうか平穏な毎日が訪れることを祈ります。