nonohana398さんのブログ

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Amebaでブログを始めよう!
長らくお休みしてしまいました…

新たに『葉光Ⅱ』でスタートいたします

よろしくお願いしますm(_ _)m
皆様、ご訪問ありがとうございます

ここ半月ばかりバタバタしていて、ろくにニュースも見ない日が続いて…
どこぞの豪雨のニュースも、頭の端っこでは知っていたけれど、記憶の片隅…
昨日はヒロシマの原爆記念日だったのに、すっかり忘れて遙か彼方…
ニュースぐらいちゃんと見ろ!って、背後から喝!の声がしそうです。

数日前、携帯ニュースの端っこに、元大リーグ投手の死を伝える数行…

あれっ?彼は死んだの?うそ?なんで?

首を吊って…
あぁ…またひとり…

若い人達の自殺が増えているようですね…
いじめを苦にした小中学生までもが自殺をはかるご時世になってしまったようです…

あの大津波の大災害の中からせっかく助かった命を、自らの手で断ち切ってしまった方々…
わが国のみならず海外の人気スターも、元ヤンキースの人気投手も…自らこの世に背を向け、去ってしまいました。

それぞれに悩み苦しみ、たとえようのない不安や葛藤を抱えていらっしゃったのだろうとは思いますが…

飛び降りたり首くくったり…あんな怖い苦しい思いをして死ぬくらいの勇気があるなら、生きて頑張れるんじゃないの?って思うんですけども…
そういう時というのは、もう頭の中が想念転換ができなくなっちゃってるんでしょうね…
残念としか言いようがありません…


そうやって自分の命を自ら絶ち、この世の苦しみから逃れたはいいですが…

これで苦しみから解放されて楽になれるかといったら、実はとんでもないことなのだと、私の尊敬する先生が言っておられます。

この世で私達が生きる目的は、みたまを磨き、進歩向上し、神様の御心に一歩でも近づいていくため。
日々精進努力をして人間的に豊かになっていくプロセスで、様々な試練が与えられ、それをひとつずつ乗り越えて、私達はみたまを完成させていくのです…

私達は、あの世からこの世に生まれ変わって来るときに、神の御前で「自分は、この次の人生は、こういう親のところに生まれて、こういう目標を持って、このような修行をいたします!」と宣言をして、オギャ~と出てくるそうなのです。

ところが、生まれ出たとたんに、その記憶は消されてしまう(ごく稀に覚えておられる方がいらっしゃるようですが)ので、自分で親を選んだことも、そんな宣言をしたなんてことも全く意識になく生きていくわけです…

さて…
自ら命を絶つということは、神の前で立てた誓いを破ってこの世の修行を放棄することになります。
ですから、中途挫折…ということで、この世でやるべきだったこと、学び、得るべきだったことを途中で投げ出した『怠りの罪』に問われ、あの世で鬼にしごかれながら修行のやり直しをすることになります。

人間誰しも“罪”はあるもので、多少の裁きはいたしかたありません…が、この“怠りの罪”というのは、かなりポイントが重いようです…

しかも…あの世では肉体が無くなって魂がむき出しの状態になっているので、身体に感じる苦痛などの感覚は、肉体の何十倍(何百倍?)なのだとか…

想像するだけでもオソロシヤ…

また、身体には『自殺者』のラベルが付けられ、周りの目に晒されるそうです。
自分では絶対にはがせない、消せないレッテル。
その「自殺者」ラベルを貼り付けたまま、次に生まれ変わってくるまで、何百年という年月を、あの世で過ごさなければならないのです。

そして、死んだ時の自分の想念と同じ霊界へ行くので、自分の周りは半径数メートルが薄暗い明るさになっているだけで、あとは真っ暗闇なのだそうです。何百年も…

これが、先生から教えていただいた、自ら命を絶った人の霊界でのありようです…
私は、特殊能力があるわけでもなく、まだ死んだことがないので、実際にそういうのを見たことはありません。
当たり前ですけど…

だけど…先生から教えていただいたこの話を、とにかく多くの皆様に知って頂きたい一心で、今日は書いています…

辛く苦しい、やるせない長いトンネルも、歩みを止めなければ、いつかは必ず出口に出ます…

どんな人にも平等に明るい太陽の光が降りそそぐ、今生きているこの世。
周りに自分のことを心配してくれる人がいて、頼りになる人達がいて、助けてくれる人がいて…
人って、決してひとりぼっちじゃないと思うんです…

必ずどこかで誰かに助けられているし、自分もまた誰かのために役に立ってるはずなんです。

心が疲れきってしまったら、死ぬことを考える前に、一旦全て放り出して身体を休めてみましょう…

大空を眺め、大地を地平線の彼方まで眺め、流れる水にヨレヨレの心を浸して、頬を撫でる風の行く先を追っかけて、大自然の中に溶け込んでみてはいかがでしょうか…

大自然という大きな生命のなかで生きている!ということ、肉体を持って自由に動き回れるこの世に生きているということは、本当に素晴らしいことなのです…

生きたくても生きられない人達、ヒロシマで一瞬のうちに命の灯が消えてしまった人達もいるのに…

神様からいただいた命を自ら絶ち、肉体を捨てて、わざわざあの世で何倍もの苦労をすることないと思うんです…

勇気を出して、生きる道へ一歩踏み出していきましょう!

後悔先に立たず…です。


元全日本サッカーの松田選手が、練習中に突然倒れ、ついに帰らぬ人となってしまいました。
まだまだ活躍できたであろう若き死に、周囲の無念さは計り知れず、ただただ冥福を祈るばかりであります…

いのちとして生きている以上、いつかは迎える“その時”がいつなのか?
一人一人に与えられた“寿命”というものが尽きたとき、それはあの世への旅立ちのとき…
それがある日突然やってくるのか、徐々にやってくるのか?
それは誰にもわからない。

わが父が大病したとき、夫の健康を取り戻す為に、執念とも言えるほどに必死の努力をし続けた母が、最後に悟り得たのは「人間は病気では絶対死なない。寿命が尽きて死ぬ」という確信でした。

最後まで諦めなかった家族の祈り、父本人の意識改革、生きようとする気力に、目に見えぬ何かの力が働いたのか、奇跡が起きました。

医者も匙を投げた悪性の末期癌が跡形もなく消えてしまったのです…
あの悪夢から10年以上経った今、父は命長らえさせて頂いたことに感謝しながら、元気でこの世の生を楽しんでいます。

余命数ヶ月…こう宣告された人が、数ヶ月を過ぎても生き延びて、長寿を全うした例は少なからずあります。

えっ…あと数ヶ月しか生きられないの?
ガ~~~~ン!!!
かなりのショックでしょうね…

そこからどう生きていくか…?
その生き方が、自らの運命を劇的に変えていくことも不可能ではないということを、何人もの人達が示してくれてます…

誰でも奇跡を起こすことはできると思うんです。

運命…とは、運ぶ命。
「運命」は、自分で運んでいくもの。
自分の考え方、心掛け次第で、ドンドン変えていくことができるのです。

自らの命をどう運んでいくか…
その運び方次第で人生の明暗を分けていくことになるのなら、明るい方がいいに決まってますよね…