私は子供のころカードやら好きなゲームの人形を集めるのが好きだった。
それで、知的障害のある兄と遊ぶ。
虫取りにいったり、公園に行ったこともある。
彼のことを死ぬほど憎む自分もいたが、彼は私の遊び相手でもあった。
うちは父方の祖母と同居していた。
祖母は母をいじめていた。
今思うとどんなふうにいじめていた?
思い出せない。
本当にいじめだったのか?
ただ母が泣いていたり、されてきたことを幼い私に話すから、祖母=母をいじめるひどい人となったのかもしれない。
こうやって書いていると、私の記憶は曖昧だ。
それはいいとして、祖母のご飯を作る母が1日外に出ると母は祖母からグチグチ言われたらしい。
なので、私は子供のころ他のうちの子のように遊びに連れて行ってもらったことなど数回しかなかった。
旅行に連れて行ってもらったのは一度だけ。しかも旅行といっても旅館からでて観光などしなかった。ご飯を食べお風呂に入り、旅館の中のゲームをしただけだった。
父がひとごみが好きではないからだろう。
日中は近所の子が引っ越してしまうまでは毎日のように遊んでいたが、遊べない日、雨の日は家にいるしかなかった。
高学年でその子が転校してしまってからは、遊びに出る日がぐっと減った。
母は家のことで忙しい。祖母に文句を言われないためにやることは沢山あったのだと思う。
一番上の兄は私が小学生のころは、1人部屋をもらっていてほぼ顔をあわせなかった。兄もこの家から逃げ出したかったのかもしれない。
私はゲームを買ってはもらえなかった。
そういう方針の家だった。
テレビは祖母が占領していて、私は学校前に朝の子供番組をみるくらいだった。
だから、外で遊び相手がいないときは彼が私の友達代わりだった。
楽しいと思う時間も間違いなくあった。
ただいつキレるかわからない。
そこに気を付けながら遊ぶのだ。
今思うとスリリングすぎる。