真由美さんのオンラインサロン
マユミラボの中で
『「何を感じてもいい」に幸せを感じました』
という感想がありました。
真由美さんも、そこに共感してる。
『「何を感じてもいいんだよ」って言われたら、安心感や幸福感があるよね』
って。
でも、
私は「何を感じてもいいんだよ」
に安心感も幸福感も感じませんでした。
むしろ、怖かった
「何を感じてもいいんだよ」
に抵抗している自分がいました。
なので、
どうしてそう感じるのかノートしました
わかったことは、
「感じたくない感情がある」
ということ。
怖さ
不安
恥ずかしさ
ダサさ
惨めさ
焦り
ひがみ
絶望感…
心臓がギューって潰されるような
その場に居たくなくなるような
取り消したくなるような
叫びたくなるような
あの心地悪い感情たちも
感じることになる。
「何を感じてもいいんだよ」を許したら、
心地良い感情だけじゃなく
心地悪い感情も感じないといけなくなる。
それがすごくイヤだったんです。
そんなの感じたくないんです。
どうして感じたくないの?
と問いかけると、
そういう
恥ずかしいこと
ダサイこと
惨めなこと
をしてる私=ダメなやつ
って、
それを感じるような言動をした自分を
否定していることに気付きました。
これらの感情を感じなければ、
自分を否定せずに済む。
自分を否定したくないから、感じたくない。
そう思ってる自分に気付きました
ノートに書いたら気付けるんです。
怖さや
不安や
恥ずかしさや
ダサさや
惨めさ…
こういう感情を"悪"や"劣"にしている自分に。
対等にしてない自分に。
ジャッジしてる自分に。
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私は、
『生きることを楽しみたい』
という願いがあります。
私の中で、
『生きることとは、感じること』
なんです。
だから、
『感じることを楽しみたい』
んです。
なのに、
その感じることを選り好みしてる。
私の好みの感情だけオッケイで、
他はダメってしてる。
それって辻褄が合ってない。
それってなんかつまんない。
なんかもっと
ゆったりオープンに
どんな感情も感覚もウェルカムだよ〜って
ゆる〜くしてたいなって思えました

ウェルカムにできるようになったんじゃなく、
そうしたいって思えるようになった。
そう願えるようになった。
まずはそこから



