和尚様の法話のことばが
「ふ」と、
腑に落ちるというか、
「こういう意味かな」
と気づくような瞬間があります。
しかし
その場で即メモするとか
何らかの形に残さないと
ふわぁ…![]()
![]()
と、消えてしまうような
そんな感覚です。
タイトルの
「アタマだけでは悟れない」は、
以前聴いた法話。
(文言は少々違うかもしれません)
仏教の言葉を
難しく哲学的に反芻する学びも
もちろん必要でしょうけれど
やはり何よりも
日々の生活の中で
実際にやってみること、
実践において
仏教の学びというか
智慧の光というか、
悟り(の端っこ?)
を会得できるのかもしれません。
ちなみに、お坊さんの真似事を
気ままにちょこっと、
期間限定で適当にやるくらいなら
いっそ出家すれば良いと思うのです。
私は出家するつもりはありません、
なんの作法もしらないオバチャンが
急に来たところで迷惑でしょう。笑
なので、
在家で?というのか、
一般人として、
正しく信仰心を持って
それを日々にどう生かして
倖せに生きていくか
(来世への成長も視野に入れ)
それを日々考え、
行動していこうと思います。
遠回りに感じることもあるし
同じところにまた
戻ってきてしまった!なんて
気持になることもあるでしょう。
それでも、
小さなことでいいから、
毎日少しずつ、考え、実践していく。
それを続けていくことなのでしょうね…。
ひとつひとつは簡単なことだけど、
日本人の平均寿命まで生きるとすると
人生はまあまあ長いので
途中で投げ出したくなったり(破戒)
気持ちが続かなくなったりすることも
まま、あることでしょう。
なので、一瞬のやる気や
気合だけではとても続きません。
ヘンに「良いことをしよう!」
みたいに気負っても続きません。
利他も大事なことですが、
自分がカツカツなら、
まずは自分も満たしてあげること。
愉しんでますか?
アタマでっかちになって、
アップアップになっていては
到底悟れませんね。![]()

