---------ヤバイ---------

 

吉田部長と林先輩が、

 

「適当に弾くから入ってみて」

 

と、彼女に声をかける。

 

「ハイ」

 

亀井先輩と入れ替わり、臼井さんがドラムに座り、シンバルやタムタムの角度を少し直した。

慣れている。フェスで対バンの経験あるのかな。「適当に」って‥全然知らない曲だったらどうするの。

 

吉田部長が髪をかき上げ、林先輩に耳打ちした。長身の男子先輩二人が相談する後ろで、ニコニコしてスティックを回してる仔ウサギちゃん。なんだか楽しそう。この子って‥。

 

「んじゃ、ストーンズ演るわー」

 

言い放つと、吉田部長と林先輩が目線を合わせ、カウントをかけると、二人同時に弾き始めた。

 

Ah, この曲知ってる。ダディの車で聴いたんだっけ。

 

♪Bitch - The Rolling Stones - 1971

 

ギターとベースのユニゾンがひと通り続いた後、軽くリズムを取っていた彼女が、途中から入った。パンッと弾けるスネアの音、その瞬間、モノクロ画面からカラーに切り替わったかのように、いきなり目の前が眩しく開け、よくわからないグルーヴに容赦なく引き摺りこまれた。うねるベースと、はっちゃけるギター、いきなり「バンド」になっちゃった。

 

えっ、えっ、えー?

何?この感じ。That's awesome!

 

隣のマユが、キュッと手を握ってきた。

 

「すごいね」

「すごい」

 

お互いに目で語って、いま見ている情景の凄さをシェアした。

 

「あの子ヤバイ」

 

ヤバイ = Fucking Good. 実感を持って、初めて上手く使えた気がした。なんなんだろう。ここのドラムってこんないい音だっけ。切れ味、スパーク、あぁ、上手く言葉に出来ない。でも、何か身体の中から湧き上がって来る様な、ゾクゾクする不思議な感覚。

 

「カッコイイー」

 

絞り出した言葉に、曲が終わって皆んなの「うおぉー」という歓声とため息が被さってきた。自然に起こる拍手。

 

私はまだ始めたばかりだけど、ずっと楽器を長くやってきて鍛錬してる人にはきっと、彼女の凄さがもっと良くわかるんだろう。

 

「サイコー!うち来ない?」

 

「オイ!」

 

ベースとドラムの先輩方がふざけて盛り上がる中、吉田部長と話す彼女を、シイナユウキがジッと見つめていた。あの声がけは彼女のドラムスキルを見込んでのことなのかもしれない。少なくとも1年で、あんなに叩ける子はいない。

 

「シーナくん、ダメ?」

「組もうよぉー」

 

何人かの女子が、それでも果敢にシイナユウキを誘いに行ったけど、見た感じいつもの神対応じゃなかった。なぜなら彼の視線の先には、あの子がいたから。