‐‐‐‐‐‐‐推し‐‐‐‐‐‐‐
「美味しい。ふんわりレモンの香り」
「カオリン、いつもレモンのウィルキンソンだから」
ふふっと笑って、
「今日、部活に来てよかった」と、呟いた。
「何で休んでた?」
「ちょっと、ショックなことがあって」
「部活がらみ?」
「うん。がらみ」
なんだ?まさか、佐久間と何か。
「佐久間?」
「えっ?どうしてわかるの?」
「わかるよ、俺、長谷部さん、カオリン、ずっと見てたから」
「‥‥」
驚いた表情。
あっ、ヤバい。もうそんなこと言うつもりじゃなかったのに。
「ファンで。ずっと推してたから」
「ありがとう」
ホッとしたような、何か複雑な表情で微笑んでくれた。
「推してくれてたの、何となく気づいてた」
やっぱりー。
「部活で何か困ると、すぐ駆けつけてくれて」
「だってカオリン、けっこう無茶するじゃん」
「無茶?」
「移動やセッティングの時、重たい機材とか絶対無理なのに、まず一人で持ち上げてみようとしたり」
「やってみないとわからないし」
「最初から男子任せの奴の方が多いぜ」
「私、背が高いし、結構力あるから」
「限度があんだろ」
「チューニングも、おかしいときすぐ教えてくれたよね」
「それは‥、狂ってると気になるんだ。でも、段々教えなくてもバッチリになったよな」
好きなところ、色々思い出した。
甘え下手で、なんでも自分で完結しようとするところ。
仲間思いで、落ちてる奴に直ぐ気づき、声がけする優しいところ。ギター女子で1人だけ指に血豆つくるくらい練習熱心なところ。愛想笑いなどしない、むしろ出来ない、真っ直ぐで不器用なところ。大人っぽくてクールに見えるけど、話すと朗らかで温かく、印象が変わるところ。
「佐久間と、どうした?」
「失恋」
「!」
「言っちゃった。でも、言葉にすると、スッキリする」
途中で帰ったから、ライブ後の色々はわからない。
「コクった?」
「違う。佐久間に彼女が出来て、気づいた」
なんてこった。佐久間とカオリン、お似合いだと思ってたのに。
「聞いてくれてありがとう。なんか、レモンカステラ食べたら、元気出てきた」
笑ってくれた。
「こんなんで良かったら、俺いつでも作る」
「ホントに何やっても器用だね。こういうの作れるの、尊敬する」
褒められて、嬉しくなった。
「初めて作ったんだ」
「えっ、すごい」
「失敗したから、正確には六作目」
「えー、どうして‥」
どうしてそこまでしてくれるの?
俺を見つめるカオリンの表情。
初めて正面から、俺の好きな、すごく好きだった、ひとりの女の子の顔を見つめ返した。やっぱきれいだな、カオリン。
ずっと思い描いていた瞬間。
伝えたい想いは、いっぱいあった。でも今、どれを伝えても、チグハグで場違いな気がした。
「‥カオリン、俺の推しだから」
今、俺に言えるのはこれだけ。
「推し」って、スゲー便利な言葉。
そして、俺にとっては、残酷な言葉。
「ありがとう。嬉しい」
言いながら、サッとカオリンが立ち上がった。
「そろそろ戻ろっか。ショーの彼女が心配しちゃう」
「なんで知ってる?」
「音楽棟の女子はみんな知ってるよ。やるねー」
「いや、なんか、ハズイ(赤面)」
「とっさに動けるって、カッコいいよ。ちょっと羨ましいな、青木さん」
「ホントに?」
「ホント。私もショー推しだから」
あっはははははは。
笑い合って、もう一つずつカステラを一緒に食べ、残りを渡して、二人で部活に戻った。
レモンの香りと共に、胸にくる切なさ。
もしも‥、もっと早くこんな風に話せていたら。考えても仕方ない。
カオリンとゆっくり話せて、新しい何かが始まり、俺の中で何かが終わった。