‐‐‐‐‐‐‐街角ピアノ⑤‐‐‐‐‐‐‐
「無理っス」
構わず立ち去ろうとした俺に、「お兄ちゃん、ビリー・ジョエルもっと弾いて」観衆の中から、うちの母くらいの年代の女性が叫んだ。
マジ?リクエストかよ。
何か弾けるのあるかな。
こういう時、いつもクラスの皆を笑わせる、要らんサービス精神が顔を出す。
「ビリー・ジョエルか、マキタくん、『ストレンジャー』わかる?」
「出だししかわかりません」
「『マイ・ライフ』は?」
「うー、知りません」
「『オネスティ』は?」
「知ってます。…ギリ、イケるかもです」
『素顔のままで』より先に知ってた曲。最後の方は怪しいけど、メロディはひと通りわかる。
「ちょっと待って、俺、連れがいて」
青木の方に目線を向けると、ニコニコして一緒に手拍子をしている。
いいのか?
よし、青木が喜んでくれるんなら。
俺の悪い癖。すぐ調子に乗る。でも手拍子してくれる青木の笑顔が、もっと見たい。
「いきましょう」
椅子を掴んで、短いイントロを立ったままちょっと弾いてみる。
「イケそう?」
池田さんが俺の手元を見て、準備を始めた。元々よく知ってる曲なんだろうか。
「はー、多分」
椅子に座り、さっきの女性に「『オネスティ』がんばります」と伝えたら、「大好き~」と、喜んでくれた。
さっきは気づかなかったけど、こんな大勢の前で弾くのは、小学校の頃のピアノ教室の発表会以来だ。
何、この状況。
緊張する場面なのに、何かおかしくて笑けてきた。