わたしの人生だもの

わたしの人生だもの

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『脊髄小脳変性症』になった実父と認知症?疑いの実母。
2人の介護にヘロヘロです!!

こんにちは!

いつもご覧いただきありがとうございます。






転院先の療養型病院はわたしの自宅から車で10分

ほどの場所。

近くてとても助かりますが面会時間が厳しくて、

平日のみ。

14時〜16時の2時間の間に行かなくてはなりません。

面会時間も15分。

少しでも過ぎると時間ですよ!!

と注意されてしまう💦

それでも毎日面会へ通いました。



転院当初はまだ元気もあって、看護師さんや

リハビリの先生などなど色々な方々にわがまま言ったり、時には大声で怒鳴ったりして、

病院側を困らせる行動がよくみられました。

仕方なく落ち着かせるために薬を処方されて

その為にせん妄のような症状が出たりもし始めました…。




転院した当時は食欲も旺盛で差し入れもあれこれ注文をして来て持って行くと喜んでパクパク食べていました。

言葉が不明瞭なりにも会話もしたし。

次女を連れて行くと1番喜んで毎回泣いていました。

この当時、次女は中学3年生。

高校生になるにあたり携帯電話を購入したので

実父とLINEができるようになったよ!

と伝えるととても嬉しそうでした♪





ひと月ほど経つと、

はじめの頃よりせん妄のような症状がよくみられるようになりました。

面会へ行くとナースステーションの前に車イスに座って何をするでもなくポツンといる時があって、

わたしが近づいて行くとこちらを向いたのに、

まるで他人を見たかのように表情が全く変わりませんでした。

父のところまで行き

『お父さん!!』

と声をかけるも全く反応しません。

車イスを押しながら部屋へ戻るも笑顔もなく

わたしが娘ということが認識できているのか?

それすらわからないような様子でした…。








たった2ヶ月ほどの入院でこんなにも様子が変わってしまった父を目の前にして

心臓をギュッと掴まれたような気持ちに…

時間が許されるなら長い時間いてあげたくてもそれも叶いません。

後ろ髪を引かれる思いで毎日病室を後にするしかありませんでした。





そんな中、帰りの廊下で

父と同室の方の奥さまに声をかけられました。




『おたくはしっかり食べられるみたいでいいですね。

うちはもう全然食べられなくなってしまって、もうあとどれぐらいもつか…』



そうおっしゃって涙ぐまれました。




わたしの中ではこの2ヶ月で父がとても弱々しく変わってしまってわたしのことすら認識できているのか?

いないのか?

それが薬でそうなっているのかもわからなく。

確かに食べることは食べれていたけれど…



患っている病気も違うだろうし、

比較することも無意味だと思うけれど。

そう思わずにはいられないのかもしれない。




食べることが大好きな父。

最後の日まで好きなものが食べられるといいのにな。

そう願わずにはいられませんでした。