帰り道のコンビニで、小学校3・4年生の時の学級通信をコピーした。
 数か月前、小学校3年生から卒業まで同じクラスだったゆっちゃんの結婚パーティーで、久しぶりに小学校の同窓生らと再会した。その時、(★改行しない)「実は私、小学校3・4年生の時の学級通信、今でももってるよ」(★改行しない)というと、(★改行しない)「えーっ。★懐★かしいー。コピーしてほしい」(★改行しない)と同窓生数人にせがまれたのだ。
 小学校3・4年生の担任をしてもらった星先生は、こどもの自主性や意思、発想をできる★限★り尊重してくれる先生で、受けもってもらった私たちは、本当にこどもらしくのびのびと★過★ごしていた。
 国語と算数以外はほとんど教科書を使わない授業。理科ならば、★例★えば、生徒たちに(★改行しない)「1万円札に磁石を近づけると、くっつくか?」という問いかけをして、「くっつく」と思う生徒、「くっつかない」と思う生徒とも、各々でその理由を考えて、それを発表。そのあと、「くっつく派」と「くっつかない派」で意見交換をし、あがった意見を参考にしながら、それぞれに再考。最後に、先生が実際に「1万円札に磁石を近づけてみる」という実験をして、その答えを皆に見せてくれる。そしてそこから、皆で「どうしてそういった実験結果になったのだろう」ということを考え、学ぶという、とても楽しいものだった。
 国語の授業では、(★改行しない)「漢字以外に国語に不正解っていうのはないねんで。自分が感じたことに間違いというのはない」、(←★読点残す)口癖のように先生がそういっていたので、私たちは、思ったことを思ったままに表現することができた。
 また、国語の授業の中で、何度か「うそ作文」を書いたことがあった。「うそ作文」とは、そのネーミングどおり、実際におこったことでなく、独自の自由な空想で書きつづる「虚構の作文」。皆、ありったけの発想力を発揮し、ユニークな自分だけの「夢物語」を書きつづった。
 今にして思えば、あれは、こどもの発想力や想像力、文章力などを培い、伸ばすための「楽しき手法」だったのかもしれない。普段作文が苦手だった私も、「うそ作文」は楽しく書きあげることができた。
 先生の授業は、その教科が苦手な子ほど主役になれる工夫や配慮もあった。だから、苦手な教科があっても、それを「恥ずかしい」と思うようなことは一度もなかった。
   先生はいつもいっていた。(★句点)「わからないことは恥ずかしいことじゃない」。(★句点残す)
 ある日、クラスメイトの男の子が、「教室で飼おう」と、1匹の子猫を連れて登校してきた。★子猫を見て先生は、「飼ってみよう」とか、「飼ってはダメだ」とか、そういったことは一切口にしなかった。(★改行しない)「みんなが帰った後、夕方から次の日の朝まで、チビ(子猫の名前)、真っ暗な鍵の閉まった教室で、1匹だけで★過★ごすことになるねんで。みんな、夕方から次の日の朝まで、ひとりきりで真っ暗な教室の中にいたら、どんな気持ちになる?それに、学校が休みの日はどうする?」。(←★句点残す★改行しない)そんなふうに問いかけると、私たちに時間を与え、「生き物を飼うことの責任」について考えさせた。
 また、4年生になったある時、学級会で「焼きそばをつくって食べたい」という意見がでたことがあった。「じゃぁ、材料費はどうしよう」という話になり、誰かが「学級費使ってやったら?」と提案した時、先生はいった。(★改行しない)「学級費は、みんなが自由に使っていいお金じゃない。みんなのお父さんやお母さんが一生懸命働いて、★例★えば画用紙とか、授業で使ういろんなものを買うために用意してくれたお金。だから、ただ単に『焼きそばが食べたい』っていうことで、そういった大事なお金を使うのはどうかな」。(★句点残す)そして、それだけいうと、先生は、後は何もいわず、やはり私たち自身に考えさせた。
 こどもなりに考えた末に、(★改行しない)「じゃぁ、バザーをやって焼きそばの材料費をつくろう」(★改行しない)という結論に至った。とはいえ、9歳・10歳のこどもたちがまったく何もないところからバザー開催にまでたどりつくのは、なかなかの難事。けれど、何度となく学級会で話しあい、(★改行しない)「学校内でお金のやりとりはできないから、古新聞をお金の代わりにして、その集まった古新聞を廃品回収にだして換金しよう。それで、その換金したお金で焼きそばの材料を買おうよ」と、細かな手立てまで自分たちで考えだした。
 それからは皆で力を★あ★わせて準備の日々。バザー当日には、手づくり小物や家庭科の授業でつくったことのあるホットケーキ、きなこ餅などの店を教室内に開き、自分たちの保護者や先生方、他学年や他のクラスの生徒たちを招待した。
 バザーは大成功。自分たちの力で得た約3000円にいくらかの学級費を加えたものをにぎりしめ、放課後、私たちは、焼きそばの麺、キャベツ、豚肉など、焼きそばの材料を買いだしにいった。
 幾度にもわたる話しあいや経験を経て食べることのできた焼きそばのおいしさは、大人になった今でも何となく思いだすことができる。
 ゆっちゃんの結婚パーティー会場で私の隣に座っていたなおちゃんは、当時をふり★返★り、(★改行しない)「あの頃、ホントにみんな好きなことしてたよなぁ」(★改行しない)としみじみいっていた。

 星先生、お元気ですか。私たちは、先生のもとで、ほめられ、叱られ、考えるチャンスを与えられながら、自由でこどもらしい時間を★過★ごせたことを本当に幸せに思っています。
 成長するにつれ、試練が増えていった私にも、ふり★返★ると笑ってしまうような、そんな幸せなこどもの頃の思い出があることに、改めて感謝している近頃です。