お久しぶりの投稿です。
今年は両親の新盆で実家に帰り、相続人が集まって、いろいろ話し合いましたよ。
……いや、正確に言うと「話し合いにならなくて感情的になる時間も多かった」です。
あれですね、相続って“書類の手続き”より“心の手続き”のほうが難しい。
✂️まさかの“答え”に出会う
昨日、美容院で白髪染めをしながら、タブレットで雑誌を読んでいたら、
主婦の友社の 『実家じまいを考えたら知りたいことが全部のってる本』 が目に止まった。
タイトルからして、いまの私にぴったり。
白髪染めの待ち時間に読むには、ちょっと重いテーマだけど、
「まあ、いまの私の人生も重めだからいいか」と思ってページをめくった。
すると、
“子世代が使いがちなNGワード”
という項目があって、思わず固まった。
そこに書かれていたNGワードが、
驚くことに、姉が生前の母に、そして今の私に、
思い切り浴びせかけていた言葉そのもの だったのだ。
本の中身は、著作に関わるので載せられませんが、
ご興味ある方はぜひ読んでみてください。
「実家じまい」に悩む人には、かなりヒントになる内容だと思いますよ。
白髪染めの薬剤よりも強烈な“気づき”が頭皮に染み渡ったので![]()
🕰️悔やまれる過去
両親が亡くなって、
まるで洗脳が解けたように、
姉の言動の“違和感の正体”が見えてきた。
生前、母が泣きながら電話してきたあの頃。
「お姉ちゃんきついのよ。私はいつも泣いているんだよ」
と言っていた母の言葉が、今になって胸に刺さる。
私は、毎月、数日、実家に帰り、買い物に連れて行ったり、家の掃除を手伝ったり、話を聞いてあげてはいたが、
根本的には母を助けてあげられなかった。
姉に反論しない道を選んでしまっていた。
でも、母が亡くなって、ようやく霧が晴れた。
👿モラハラあるある
モラハラは、
「夫→妻」だけじゃなく、
「娘→母」にも存在する。
ここから、娘→母のモラハラ“あるある”を少し紹介しよう。
(もちろん、うちの家庭のことだ)
- 正論パンチの連打
母が弱っているのに、
「ちゃんとしなきゃダメでしょ!」
と正論を投げつける。
正しいけど、重い。とにかく重い。
- 母の体調を“気のせい”扱い
母「今日はしんどい…」
姉「また?運動不足なんじゃない?気のせいだよ」
いやいや、気のせいではなかったんだよ…
- 母の希望を秒で却下
母「今日は○○が食べたいわ」
姉「ダメ。糖分多い」
母の小さな楽しみが、即却下。
- 相手の気持ちより効率を優先
姉「使わないんだから捨てて!」
母「思い出があるのよ」
姉「そんなの知らない!」
鬼。
でも自分の物はなぜか捨てないし、
自分で捨てるという行動はしない。
- 『捨てない=悪』という圧力
姉「また?だから片付かないんだよ!」
“捨てない=だらしない”というレッテル貼り。
これは典型的な支配型コミュニケーション。
- 母の言葉を勝手に解釈して流通
姉「お母さんがこう言ってたから私はこうしたの」
母「(そんなこと言ったっけ…?)」
母の言葉が姉フィルターを通って別物になる。
後悔しても遅いけれど、もう理不尽には屈しない!
相続や実家じまいの問題には、正しく立ち向かうと決めた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます🍀
では、また👋
