6月は
今年の6月は、幾つか大事な事柄がありました。私が、これまで生きて来た中でお世話になった二人の方の命日が、近い日付であって、毎年、その方々のことを思いだします。お一人は、お参りに行き、奥さまにご挨拶するのが毎年のことでしたが、今年は、骨折され、入院されていました。しっかりとされていらして、お話はできましたが、年月の経過を思い知らされました。来年お訪ねする時には元気でいらっしゃいますように、と思いつつ帰りました。もう一人の方は、やんごとなき方でしたので、個人的に、勝手にお墓参りを続けています。命日近くになると多くの方が墓参に来られるので、随分と早くに行くことにしています。伸びた草を取って、掃除をさせてもらうと、なんとなく近づける気がします。今年も、その方が好きだったショッポを一服吸ってお供えし、お酒が好きだったのでビールも供えしました。街が大きく動くとき、同じ現場にいられたのは、今も私の誇りです。それから、もっと若い時に、大きな災害があった地にも行きました。そこには、私の前の職場の前線基地があったのですが、年月が流れる中で、そこも閉鎖されることが決まったのでした。そこで、関係者が集まり、ささやかな閉所式がありました。あの時、もしかしたら、私は、あちらの世界に行っていたかもしれない。紙一重の差で、こちら側に、今もいます。歳を取ってしまい、残りの月日も、さほどない中、では、自分には、これから何ができるのか、何をなすべきか、ということをつらつらと思います。何もしないかもしれませんけどね。もう少し、いろいろと挑んでみたいから、元気でいたいものです。写真は、書き綴ってきたことに関係する地の姿です。福岡から高速バスで島原まで行き、その日のうちに、諫早まで島原鉄道で1時間かけて行き、長崎の実家に泊りました。翌日、元気ではありますが、記憶が少しおぼろげになった母に会って、たわいもない話をして笑い、福岡の自宅に帰ってきました。山に登る時間はなかったけれど、使った時間に、意味はあるのだと思っています。そうして、6月は過ぎていきました。さて、7月。梅雨が明けるでしょう。山に登るのも、また、人生の生きがいです。