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詳細はこちらの記事をご覧ください(注意事項も必ずお目通しお願います)。
ネットでHMで作る肉まんレシピがあったので、夫と作ってみました
あんこと間違って、ゆであずき買ってきちゃって、あんまんはドロドロしてましたが
見た目はアレだけど、お味は美味しかった
(身バレと生活感ダダ漏れ防止の為、実際の写真をアプリで絵画風に加工しています。私たち夫婦の雰囲気だけでも伝われば🎵)
さて、前回の記事で質問募集を開始したのですが、よく考えたらちゃんとした自己紹介をしておりませんでした
素性の知れぬ相手に相談しようと思わんよね
ということで、今日はザッと、Qのこれまでの人生を振り返ろうかと思います。
子どもの頃から、自己肯定感はぶっちぎりで低い人間でした
自分という存在がいつも恥ずかしい気がしていて、
「あの子みたいに細ければなあ」
「あの子みたいに可愛ければなあ」
「せめて頭が良ければなあ」
「もっと運動ができたらなあ」
「せめて性格さえ良ければなあ」
などなど、常に「自分とは違う誰か」になりたがっていました。
その欲求が最高点に達したのが、中学三年生の時。
同級生にすごく細い子がいて、「この子と体ごと入れ替わりたい!」と、本気で願っていました。
ちょうど受験に意識が行く頃で、私はちょうどいい機会だと思い、「新しい私」になろうと決めました。
「新しい私」というのは、華奢で細くて、かわいくて、頭もいい、皆に褒められる女の子。
最初はごく軽い気持ちで始めたダイエットは、いつの間にか殆ど食べない過激なものになり、受験を迎える頃には骨と皮。
拒食症になっていました。
でも、その頃の私は、自分が痩せているとはこれっぽっちも感じませんでした。
確かに前よりは痩せたけれど、まだまだ自分より細い子がいっぱいいる。
だからもっと痩せなければ。
そう思いつめて、朝はカロリーの分かる決まりきったものしか食べられず、給食にも手が付けられず、夜は豆腐半丁と野菜、おかずを少し、というような食生活でした。
当然周りからは「痩せたね」と声を掛けられ、否定しながらも、心は浮足立っていました。
赤点を取りまくっていた成績も、勉強にのめり込むと一気に上位になり、周りの大人たちから褒められて夢のようでした。
体重は下がれば下がるほどよく、点数は上がれば上がるほど良かった。
そのうち、休み時間も、家に帰ってからも、朝も夜も、机に齧りつくようになりました。
勉強以外は洗濯や食器洗いなどの家事をして、夜は、当時公園に歩きに行っていた両親についていくこともシバシバ。
とにかくジッとしていることが怖く、けれど勉強しないことも怖く、単語帳を見ながらステッパーに乗っているようなこともありました。家事も運動の一環でした。
受験は無事に乗り切り、志望校には合格しましたが、高校生になっても食べることはできず、骨と皮の体と脳では勉強にも、日々の授業にもついていけず、飢餓によって頭の中は食べることだけでいっぱいで、でも食べることが出来なくて、そのうち、毎日眠る時になると、
「どうかこのまま、目を覚ましませんように」
と願うようになりました。
はっきりと「死にたい」と思うようになったのは、この頃からだったと思います。
志望校での夢にまで見た学校生活。
細い体。良好な成績。
今までは自分に甘かったけれど、ようやく強い意志で、ダイエットも勉強も成就させた。そんな自分を好きになれたはず。
夢が叶ったはずなのに、精神はいつも地獄。
こんなはずじゃなかった、高校に受かれば、痩せさえすれば、周りの人が褒めてくれれば、私は幸せになれるはずだったのに。
そんな絶望感が、いつも私を支配していました。
ほどなくして、私は念願だった高校を辞め、引きこもるようになりました。
最初の頃は、また一から始めようと、予備校に通わせてもらったり、バイトをしてみたりしましたが、どれも長続きはせず、そんな自分にますます嫌気がさす毎日。
そうしてある時、お菓子を大量に買い込んで、家族に隠れて深夜に貪りました。
今まで怖くて怖くて食べられなかった、我慢していたものたちを一気に食べる快感。
最初は「週に1度だけ」と決めていましたが、すぐに我慢できなくなり、毎日大量の食べ物を買って来ては、隠れて食べる日々。
過食症になっていたのでした。
私は吐かない過食症だったので、当然、体重は爆増。
気付けば30kg台だった体重は80kg台になり、一桁だった体脂肪率は40%を超えました。
鏡を見ると、そこにはダイエット前よりもずっと太った自分が映っている。
「あんなに頑張ったのに。なんでなんだろう。なんでこうなるんだろう」
そんな風に、毎日泣いていました。
自分の努力を、神様に裏切られたように感じていました。
「新しい私」は消え去り、元よりも醜くなった自分だけが残った。
「死にたい。消えたい。恥ずかしい」
そう思いながら、食べ物を詰め込む毎日。
自分が恥ずかしすぎて、醜すぎて、まともに外出できず、殆どを家で過ごしました。
精神科や心療内科にも通いましたが、すぐに行かなくなったりして、効果はありませんでした。
そんな生活がなんと20代半ばまで続きました。
私はもう完全に無気力な人間になっていて、このまま死ぬしかないと思っていました。
人に迷惑しかかけない、なんの能力もない、とびきり醜い自分は、一刻も早く消えなければ申し訳ないと思い込んでいました。
リストカットもしました(幸い深くは切れず、今はよく見ればうっすら白い線がみえる程度)。
家出をして、睡眠導入剤を多く飲んだりもしました(異常にめまいがして、世界がグルグル回りまくっただけだった)。
自分で自分の首をタオルで絞めてみたりもしました(当然、死ねるはずもなく)。
両親にも、自分は死ぬんだと何度も話しました(ごめんよ)。
不潔恐怖症になって、アルコールで一日中体や部屋を除菌しまくったりもしました(金かかるー! 手はガッサガサになりました)。
過食・拒食を繰り返し、短期間で2,30kg増減したりもしました(手品かよ)。
でもある時、初めて母を伴って心療内科にいったとき、母が言いました。
「私はこの子に生きていてほしいけど、この子は毎日生きてるのが辛いといって泣くんです。こんなに辛いなら、死なせてあげるのがこの子の為なんでしょうか」
と。
母は泣いていました。
先生はもちろん、すぐに否定しました。
「それだけは絶対にない」と。
でも私は、「私に一番生きていてほしいお母さんが、死ぬことを許してくれた」と思いました。
私はずっと「死ぬなんて罰当たり」「生きたくても生きられない人がいるのに」という言葉に押しつぶされてきました。
それはもちろん正しいけど、じゃあ、あなたが私と変わってみてよ、私のこの精神状態になっても、同じことが言えるのか? とずっと思っていました。
でも、母が許してくれた(もちろん母は、死んでほしいはずはなかったけど)。
「だったら、もう一度だけ世間に戻って、それでもダメだったら、その時は本当に死のう」
と思ったんです。
何故かは分かりません。
今まで、そんなことが自分にできるとは思ってもみなかった。
その時も、出来るとまでは思えていなかった。
でも、なんだか自由になれたんです。
「私、死んでもいいんだ!」
って。
そこから、スピリチュアルに没頭しました。
最初から社会に飛び込むのは怖くて、支えが欲しくて。
毎日、スピリチュアルの掲示板を見まくって、徐々に「自愛」というワードが自分に響くようになって。
「自分を愛してみよう」
と決めました。
「自分を愛することさえできれば、私は幸せになれるんだ」
と気付いたんです。
この時の確信が、今もずっと続いています。
「自分に愛されることが、人の一番の願いであり、幸せなんだ」
と。
自分を嫌いで否定し続けた日々は、不幸に満ち満ちていた。
人にビックリされるほど痩せても、志望校に受かっても、皆に褒められても、私はなにひとつ幸せになれなかった。
何故なら、私は自分を嫌いなままだったから。
私にとって、「自分を愛せば幸せになれる」は非常に説得力がありました。
上記のように、願望が叶っても、少しも幸せでない時期があったからです。
そこから、自分を肯定するアファメーションを聴きまくったり、気に入った言葉をノートに書き写して何度も読み返したり、自分の容姿が嫌いすぎて避けていた鏡を見る練習なんかを始めました。
次第に、私は外に出る気力を取り戻し、再び人と交流し始めました。
間もなく短時間のバイトに出るようになり、そこで運命の人である夫と出会いました。
「私に恋人ができるなんて!!!」
と、びっくり仰天していたのは家族以上に私でした。
また、ずっと実家暮らしだったのですが、遂に憧れの一人暮らしもスタート。
「すごい! 自分を好きになれば、なんでも叶うんだ!」
と、その頃は驚きの連続でした。
本人も驚いていましたが、家族も「別人になった」とよく言ったものでした。
もう死ぬしかない、一生このままだろうと思っていた娘が、社会に復帰して、恋人まで作り、結婚までしたこと。
両親は未だに「うちの子が結婚できるなんて思わなかった」と言います(笑)
夫は、素のままの私を受け入れてくれました。
私も、素のままの夫が大好きでした。
こんな人が現れたのは、あの時の自分が、自分を愛することを始めてくれたからだ、と、自分を誇りに思いました(もちろん、沢山の人の支えがありました)。
仕事や収入は安定しませんでしたが、これまでやりたかった職種を片っ端から経験出来ました。
自分の体験をもとに、商業出版もできました
そうして今は、再び短時間パート(絶対にできないと思っていた接客業! でも一番楽しい)に落ち着いています。
最近でも「私ってほんとに変わったなあ。引きこもりから脱した時もそうだけど、その直後と今でも全然違うし、去年と比べても、心のゆとりが全然違うなあ。こんなに夫以外の人と笑って話せるようになると思わなかったなあ」とシミジミ感じています。
自分を愛せば愛すほど、世界は更に温かく優しいものに変わっていくのです。
駆け足になりましたが、Qは実はこんな経歴の持ち主でした。
意外とヘビーな内容だったかもしれませんが(笑)、不幸自慢がしたいのではなく、
「こんなにどん底だった私でも、今幸せに生きられてるんだよ! だから絶対、誰でも、あなたも、大丈夫だよ!」
と伝えたいのです
今辛いことがあれば、どんなことでもいいので、相談してみてください。
私は答えはあげられないけれど、答えに辿り着くまでのサポートは、とてもちっぽけかもしれないけれど、出来るかもしれない。
出来ないかもしれないけど(笑)
でも、誰かに相談するという勇気を持ってみる機会になれるだけでも幸いです
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