創造的価値を実現化することによっていわば能動的に自己の独自性と一回性を生かす道の他に、普通は行為によって初めて獲得できるすべてのものが受動的にいわば自然に手に入る第二の道が存するのである。この道は愛の道である。あるいはもっと適切にいうならば愛されるということの道である。いわば恩寵の道のように、自己の行為ないし功績なくして人間は、彼の独自性や一回性の実現化の内に存するあの満足を経験するのである。愛された人間は本質的にそのあるがままの姿で捉えられ、汝として把握されて他の自我の中にとりいれられるのである。彼は愛する者にとってはそのままの姿で、他によってとってかえることのできないものなのである。愛される人間は彼の人格の一回的なものと独自的なものとが、すなわち彼の人格価値が実現化されることに対して何もなしえたわけではない。愛は何の「功績」でもなく、恩恵なのである。               フランクル