ずっと体の調子が悪くて、先が見えない不安な気持ちを抱えて、毎日を過ごしていました。不安に一度とりつかれると、不安はどんどん私の頭の中で膨れ上がっていきました。そして、焦って、空回りしていました。
ある人が、ヒントをくれました。
その人が若いころ病に伏せっていたとき、毎日を生きることすら辛かったそうですが、いつもまずは明日まで生きてみよう、という気持ちで毎日を過ごしていたそうです。その経験から、無理をしないで、楽しいと思えることをするのがいい、そう教えてくれました。具体的には、3つのことをしたそうです。週1回は隣の駅まで散歩をして、ドトールで美味しいコーヒーを飲むこと、週1回は先輩と美味しい食事を共にすること、そして週1回はまったく何にも自分に課さない完全に休みの日を作ること、だそうです。
私は気が向いた朝は、公園を散歩をしています。犬の散歩もしています。でも、それはちょっと、やらなきゃ!みたいな気持ちもあるかな・・。
そこで、親友2人にお願いして、それぞれと月2回ずつ、必ず食事をする機会を作ってもらうことにしました。(そうすると、だいたい週1ペースになる。)私の友達は、みんな都心に住んでいて、仕事も夜中まであるような人が多いので、それまでちょっと電話するのも気を使うようなところがありました。けれど、頼んでみたら、むしろそういう時間が持てるのは嬉しいとさえ言ってもらえました。もっと早く言ってみればよかったわ、汗、汗。
働けないことに後ろめたさがあって、なんとなく楽しむことに消極的になっていました。友達に会うことすら、自分の無力さを思い知らされるようで、ずっと辛かった。最近やっと自分の不完全さを受け入れることができるようになりました。健康であるなし、働いているいない、に関わらず、人はみなそれぞれに不完全なものです。そう思ったら、病気をしている自分を責める気持ちがなくなりました。そして、身の丈にあった小さな楽しみを少しずつ集めていったら、将来の不安が消えてきました。
体調もよくなってきて、将来やりたいことも見えてきました。今、勉強は、とても楽しいけれど、自分の立場を「受験生」って考えたらそんなに順調というかガッツリやれているとは言えないのが正直なところです。でも、それでもあまり心配していません。自分がやっていて本当に楽しいと思えることを自分の力でやっと見つけられたのだから、何があっても、それを手放さずにいこう、そう思えるからです。自分のペースでも、諦めずに続けていったら、きっと何処かにはその気持ちが私を導いて行ってくれるだろう、そう思えるのです。
主治医の患者向けの著書に、こうありました。
・「話してくれれば、力になるのに」と思っている人は、想像以上にずっと多いもの。
・ほんとうに回復してくると、「あんな思いは二度としたくないから、万全の状態になってから復職しよう」といったように、逆に、意外と余裕が生まれてくるものです。
たくさんの人がこれまでかけてくれた言葉の数々。繰り返し言ってくれたこと。100回言われたことの意味が、今になってやっとわかるようになりました。本当に、私より先に諦めないでいてくれて、どうもありがとう。
