普通に生きる

普通に生きる

私の思い出や頭の中を書いていきます。

Amebaでブログを始めよう!

フィギュアスケートを見るのは、とても好きなのだが、

ずっと思っていることがある。


なんで、あんなにジャンプで失敗してもいいんだろうか。

ミスをしてもしょうがないと、皆が思う競技なんだから、

たぶんものすごく無理をして、難しいことをやっているのだろう。


「スポーツ」だから、挑戦していくべきものだからいいのだ、

という話しを聞いた。

そうなのか~。そうなのか?


昔は、音楽なしで規定の技術を争う点数と、

音楽にのせて演技する点数と、

両方の合計で順位を決めていたが、それもなくなった。

(その時代から、音楽を伴う演技の中でジャンプはしていた)


勝手な推測をしてみる。


「じゃ、フィギュアスケートの人口も増えてきたし、大会開こうよ。

まだジャンプは、できない人が多いけれど、

それ以外は完成しているから、大丈夫。


ジャンプばかりがすごいわけじゃないから、

他で争う価値が十分にあるよ。

点数も、ジャンプだけを特別に高くしなければいいと思う」


という感じで始まり、それなりに技術もあがってきたが、

そのうちできるようになるだろうと思われていた、ジャンプの失敗が、

なかなかなくならない。


しかし選手は、ジャンプ以外のところでは大差がつかないため、

成功したらラッキーくらいな気持ちで、

どんどん難しいジャンプを取り入れる。


こうして、誰が見てもわかるような、

ジャンプでの失敗が目立つようになった。


…という、私の作り話。


音楽の演奏で考えると、演奏途中で明らかに間違って

一回演奏が止まる、というミスになる。

そんなミスをしたら、子供の発表会だったとしても

「今日はどうしたの?」と、後から先生に聞かれてしまう。


コンクール(試合)なんて、もちろん落選。

コンサートだって、一流アーティストが

こんな大々的にミスをしたら、大問題だ。


もちろん、音楽とは違うのは分かっている。

だから、フィギュアスケートは、芸術ではなくて試合なんだろう。

チケット代がかかる、アイススケートショーは別にあるもんね。


でも、私は、失敗が許されていいなぁ~と、いつも思ってしまうのだ。


女子で、これ以上ジャンプの回転数が増える可能性は

とても低いらしい。

何十年という単位では、とても無理だそうだ。


こんな私は、4、5歳の頃、フィギュアスケートを習っていた。

実家には、白い小さなスケート靴がある。


引っ越したので、続けることはできなかったし、

後ろ滑りくらいまでしかできなかった。


そして、今はまったく滑れない。

残念だ…