たしかに在るのだきょうけさ声を聞いたたしかに聴こえたはっきりと言葉ではなくまるで幼子の発する月命日のざわざわ感質が変わった気がする日一日過ぎていくせいか日一日近づくためか結局ひとりぼっち娘こそが自分の存在意義だった必要とされないことは社会的孤立を生むなんて同じ傷みを知るはずのひとにずたずたにされた手放せないものたちたしかに在るのだ共に生きた証はやく早く逢えますように