「モデルになって、たくさんかせぐね」

夕べ、風呂上がり直後に放った、娘の一言。

もちろん、まだ2歳児。

いったい何のモデルをやるつもりなのだろう。

そもそも、モデルの意味、稼ぐの意味が分かっているのかも不明だ。


「さっき、モデルになるって言ってた?」

「うん、たくさん稼ぐらしい」

「それじゃ、母ちゃんはそれを楽しく使うかな」

「じゃ、オレも」

その後の私と妻の会話。

こちらは、アラフォー夫婦。


このまま、親孝行な娘に育ちますように。


のりおのりお-musume

「えびばり」

「えびばり、し~」

昨夜のこと。

娘が、傷ついたレコードのように繰り返していたフレーズだ。

妻に聞いても、何のことだか不明だという。


「きんちゃ~ぬぅどー」

と、金ちゃんヌードルのCMが流れると、一緒に歌うほど娘はTVCM好き。

もしかすると、何かのCMなのだろうか。


しかしながら、「えびばり」=Everybodyで思いつくCMといえば、懐かしいスキャットマンのプッチンプリン。

そんな昔のCMを娘が知っているはずもない。

私の知らない何かのCMなのだろうか。


一時期、ピザを見ると「エビマヨ~」と言っていたので、もしかしたら「エビ」関係かもしれないが、「えびばり」の発音は明らかにEverybody。


「えびばり」は、謎なまま、フェードアウトしていくのかな?

先日静岡公演が終了した劇団四季のマンマミーア。

前編ABBAの歌で構成されていることで有名なミュージカルだ。


8月に、劇団四季の方と一緒に、公演後のステージの上で踊って歌うという、SBS学苑の講座があり、妻と参加してきた。

歌い方では、リックがポイントだと言われ、踊りではできる方はバンスの動きもオモシロイですよ、などと指導してもらった。最後には、ステージでダンシングクイーンを歌って踊ってと、とても楽しい一時だった。

四季の方達の、歌や踊りに対する真剣味が肌で感じられ、プロ意識をかいま見た貴重な時間でもあった。


当然のことで、家に帰ってからは習ったばかりのダンシングクイーンを家で踊る。

すると、娘が踊っている私を見てマネをする。



もともと私も妻もABBAは好きで、娘は生まれた時から、いや、妻のお腹にいる時から聞いていた。

胎教によってすりこまれているのか、ABBAの曲がかかると踊り出していた。

それまでは

「見て見て~」

と一人で踊っていたのが、私も踊れると分かると

「父ちゃんも~」

と、私にも踊りをしろとせがむようになった。


そのお陰か、

「だんしんにー」(←ダンシングクイーン)

「ゆーげったーん、ゆーげったーあー」(←ユーキャンダンス、ユーキャンジャイブ)

といった具合で、娘はダンシングクイーンの歌詞を、なんとなく歌っている。


その娘がABBAをかけて欲しい時にいうのが「あばちゃん」。

なぜ、「あば」に「ちゃん」がついたのか。

そこは謎のままだ。


テレビを見ていると、時々娘が「これ母ちゃん!」と指を指す。

残念ながら、妻がテレビ出演している訳ではない。

CMの女性を見て、「母ちゃん!」と言うのだ。


現在、母ちゃん度ナンバーワンは、キャサリン・ゼタ・ジョーンズ。

ラックスのCMである。


CMに気がつくと、というか、CMの音楽が聞こえると、遊んでいても、本を読んでいても、食べていても、テレビに向き直り、「これ、母ちゃん!」と言う。


娘にはこう見えているのだろうか。


妻は「ぜんぜん似てないのに、なぜかね~。髪の色が黒いからかな?」と言っている。

確かに同じ黒髪。しかし髪の長さは違う。

一重まぶたを気にしている、ミニモニサイズの妻が、ハリウッド女優に似ているとは言えない。

もちろん、それでも、妻が私にとって、魅力的な女性である事に、かわりないが。


ところが、昨夜、サトエリの出ているソフィのCMを見た娘が一言。

「これ、母ちゃん!」


そう言えば、携帯待ち受けの三輪さんを見ても、「母ちゃん」と言っていた。


「秘密」(by清水玲子)は死後だが、生きている人間の視界も見られたら、ぜひ娘の視界を見てみたい。


娘の目には何が見えているのか。

どう見えているのか。

気になるところである。

娘の「つめたい」の一言。


ついにこの時がやってきた。

今までは「つんたい」だったのに、気がつけば「つめたい」と言っている。


子供はことばをどうやって獲得するのか。


数年前に読んだ本に書いてあったのだが、もううろ覚え状態。

残っている記憶によれば、周囲の大人が発する言葉から、繰り返し使われている音の繋がりを、単語として分離する。というものだ。

その後は自分で発音してみて、相手の反応をみて、正しい使い方かどうか判断していくらしい。

子供の周囲にいる人がよく使う言葉を、覚えるということになる。


私と妻が「つんたい」を使い続けていれば、まだ「つめたい」にはならなかったのだろうが、さすがに普段の生活で意識しなければ「つんたい」は使わない。

「つめたい」は当然の帰結。


さて、次に消える赤ちゃん語は、何だろう?

「あした」がループしている。

娘のリクエストの結果だ。


娘は「あした」が好き。その元となっているのは、去年?妻が見ていたあるドラマだ。


ROOKIES。


そのテーマソングはGReeeeNのキセキ。その歌い出しが「あした」である。

そのため、娘はキセキを「あした」という。


「あしたきく~」

車の中で娘がそう言った。

曲が終わると

「あした、あした」

と連呼する。


かくして、娘が眠りに落ちるまでの1時間ほど、車の中では「あした」が終わることはなかった。

最近忘れてないですか?


そんな声が聞こえてきそうなレンの顔。

娘が生まれる前はレン中心だったのが、今は娘が中心。

確かに、以前よりはナイガシロだ。



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それでも、娘はレンが好き。

レンも娘が好き。


よく、子供が生まれる前から飼っていると、ヤキモチをやくと言うが、今ヤキモチやくのは、娘のほう。

レンをだっこしていると、「む~~~~!!」と、私によじ登って、レンをなんとかどかそうとする。



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それを、

「かあちゃんひとりぼっちだね~」

妻は、少し寂しそうに見ている。

「かあちゃんこと、行く~」

なぜか娘は”とこ”ではなく、”こと”と言う。


「レンとこと、行く~」

それが、愛犬になると、”とこと”になる。


少し前は、レンも”こと”だった。

”こと”が”とこと”になったのは、一歩ずつ成長している証拠なのだろう。


子供の言葉って、おもしろい。

「カリカリべゆ~」

私が食べようとしたかき氷を見つけた娘が、目を大きくして走り寄ってきた。

当然のように、一口目は娘の物だ。


なぜか娘はかき氷のことを「カリカリ」と呼ぶ。不思議に思っていると、妻がそう教えたのだという。

言われてみれば、硬い氷をスプーンでこする時の音だ。


娘かき氷だけでなく、氷そのものも好きだ。

製氷皿から取り出した氷はそのままでは大きいのだろう、

「ちちゃくして~」

と皿を突き返してくる。

小さく砕くと、素早く口に放り込んで、満面の笑みを浮かべる。


しかし、いつから娘は氷好きになったのだろうか。

我が家では夏でも氷はめったに使わない。飲み物と言えば、常温のお茶が常だ。

ただ、一つだけ思い当たることがあるとすれば、先日の渋谷デートでのことだ。


妻が、渋谷でやる体験イベントに参加したいと言うので、ならばと娘と渋谷デートをする事にした。

ちょうどその日は、NHKセンターで、いないいないばあのワンワンと、写真撮影ができる日だった。

そこで、午前中にNHKセンターで写真撮影、何処かで昼を食べて、午後は明治神宮、夕方に妻と合流する予定を立てた。


当日は猛暑以外の言葉が思い浮かばないほどの暑さ。

何とかNHKセンターでの写真撮影を終え、明治神宮に向かって歩いていた。



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一歩踏み出すごとに吹き出る汗。

日陰は少なく、かといって、次のバスは15分後。案内サイトでは徒歩10分の距離なら、バスを待つより歩く方がいいと判断したのだ。

しかし、あせだくの娘を見ると、判断ミスかと思ってしまった。


その時、明治神宮のすぐ手前でそれを見つけた。

フラッペの出店。

迷わず苺シロップを選ぶ。


明治神宮入り口の日陰で、シロップのかかった氷をスプーンですくい、娘の口の前へ。

半信半疑の顔ながらも、ぱくり。

すぐにオイシイ!の顔になった。

このころはまだ「カリカリ」とは言っていなかったから、もしかしたら、初めて口にした氷かもしれない。


カリカリ好きは、この時の体験が原因か?

とも思うが、連日の暑さを考えれば、食べたくなるのは自然な流れとも思える。


どちらにせよ、お腹を壊さない程度に、カリカリ食べてもらいたい。

先日、バカルが消えた。

はっきりと何月何日とは分からないが、気がついたら、消えていた。


もう二度とバカルは出てこないだろう。ビデオに撮っておけば良かったと、文字通り後悔である。


「ぼうしバカってるよ~」

帽子をかぶっている人や物を見て、娘が言っていた言葉。

「かぶる」ではなく「バカル」


どうしてそう発音するのか、何度も「バカルじゃなくてかぶるだよ」と言っても

「ぼうしバカル~」

と言っていた。


それが先日「ぼうし、かぶってるね~」と言うではないか。

いつのまにか、バカルが消えていたのだ。

今後、二度と娘の「バカル」を聞く事はないのだろう。


深見じゅんさん作『ぽっかぽか』の『あすか』みたいになるのかな~と思っていただけに、娘の成長が喜ばしいのと、寂しいのと、複雑な気分。


大きくなった娘に言っても、「そんなこと言ってないよ」と言われそうだ。

バカル。

私と妻だけはいつまでも覚えているんだろうな~。