今から35年も前の1983年に起こったアルレイゴ号事件(Alraigo Incident)は、燃料切れのイギリス空軍機が、スペインのコンテナ船の上に降りてしまった事件。事件がは1983年6月7日、ポルトガル沖で英国海軍空母イラストリアスに乗艦したイアン・”ソーピー”・ワトソン中尉は、初めてのNATO軍演習に参加した。彼に与えられたミッションは、 シーハリアー機番ZA176に乗り、敵軍役のフランス軍空母を電波封鎖下で索敵すること。僚機と2機で離艦したワトソン中尉は、受け持ちの海域をスキャンしフランス軍空母を無事に発見。合流地点で僚機との合流を試みたものの現れず、無線も故障してしまい交信が出来なくなってしまった。そして誘導装置NAVHARSが正常に動いていないこともこの時に判明した。不時着するなら船の往来がある定期航路上のほうが助かる確率が高い。ワトソン中尉は燃料切れを心配しつつ東に機首を向け定期航路の近くへ飛行しながらレーダーで水上船舶を捜索すると80km先にスペインの貨物船アルレイゴ号を発見した。ワトソン中尉はアルレイゴ号から見える位置で脱出しようと接近した際に積載されているコンテナがちょうど着陸パッドくらいの大きさであることに気付いた。燃料はギリギリで、これ以上飛行するのは無理だt考えたワトソン中尉は、2回めの接近でこのコンテナの上に着陸を決行した。コンテナにはカナリア諸島のラ・パルマ天文台で使用する天体望遠鏡の土台が積まれていた。ワトソン中尉は正確にコンテナを捉えていたが、コンテナの上面が濡れていたため車輪が横滑りを始め慌てて主脚を引き込み、胴体を接地させてブレーキをかけようとしましたが間に合わず、尾部がコンテナから落下し、駐車してあった輸送中のバンに当たりようやく機体は動きを止めた。不時着事件の4日後、アルレイゴ号はサンタ・クルス・デ・テネリフェのドックに入港。イギリスとスペインの間で外交交渉が行われ積荷や貨物船の損傷などの補償でイギリス政府は船のオーナーと船員に57万ポンド(当時のレートで約2億800万円)が支払われたと言う。不時着事件の査問委員会が開かれた際に、ワトソン中尉が海上で必要な訓練の75%しか修了していなかったこと、整備が十分でない機体で飛行した責任が問われ、ワトソンは懲罰として飛行任務から外され地上勤務を行った。その後、ワトソン中尉はシーハリアーで2000時間、F/A-18で900時間飛行し1996年に退役。不時着して損傷を受けたシーハリアー 機番ZA176は損傷修理後、1992年にFA2型に改修され2003年9月20日に退役し、現在はノッティンガムシャーのニューアーク航空博物館にて展示されていると言う。
今から35年も前だけど、こんな事件が在ったとは知らなかったな・・・当時は日本でも報道されたのかな??




