事の発端は1978年、UFO研究家のスタントン・T・フリードマンは、1947年の事件発生当時、問題の残骸の回収に関わったジェシー・マーセル少佐Jesse Marcelにインタビューを行い、「軍は異星人の乗り物を極秘裏に回収した」と発表し、フリードマンの主張はテレビのドキュメンタリー番組で取り上げられることとなった。更に墜落日当日、陸軍が到着する以前に現場 で、墜落したUFOと遺体を目撃した現地の住人や、陸軍の基地内の倉庫で実物を目撃した人物の証言によって、陸軍は真相を隠蔽している可能性が大きいと、指摘されてきていた。尚、当時の陸軍の広報官だったホート中尉が死を前に書き残した遺書には、自分の目撃したUFOと宇宙人の真相を書き残した供述書が発表され、陸軍の発表とは全く正反対だった。その供述書には、陸軍が回収した宇宙船は2×4メートルの卵形の小型機で、2体の遺体は身長が1.2メートル、頭部が異常に大きいグレイ型生命体であったことが記されていた。機体は地上観測用の宇宙船で、何らかのトラブルで砂漠地帯へ墜落したものと思われる。と記されていた。但しこの目撃談にある基本的な問題は、それらが事件当時ではなく30年以上後に詳しく公表された事実である。古い記憶は信頼性が疑わしいだけでなく、彼らが今迄に聞いてきたUFOに関する他人の話を伝聞したのを自分の事の様に誇張しているに過ぎないと結論付けされている。


