ホーネットを拿捕曳航せよ | 世界珍ネタHunter!

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1942年6月6日~7日に掛けて行われたミッドウエー海戦から4ヶ月以上後の10月26日にソロモン海域で行われた日米両軍の機動部隊による南太平洋海戦は、日本側機動部隊本隊からの第一次攻撃隊に発見された。エンタープライズがスコールの中に逃げ込みホーネットのみに攻撃が集中される形となった。攻撃隊の攻撃により、ホーネットは250キロ爆弾3発と魚雷2本が命中し艦爆と艦攻各1機がホーネットに体当たりした。ホーネットは被弾により艦内の動力を失い航行不能となり、火災を発生させ船体は11度傾斜した。駆逐艦モリス、ラッセル、マスティンによる支援も受けて消火には成功したが、依然航行不能であり重巡洋艦ノーザンプトンが曳航を試みたが、曳航索が切れやり直しとなった。続く日本軍の攻撃はエンタープライズに向かい、損傷したエンタープライズはホーネットを残して退避した。ノーザンプトンは前回より太いワイヤーを用いてホーネットの曳航を再開したがそこに日本軍第二航空戦隊からの第2次攻撃隊が来襲し攻撃を受けた際ノーザンプトンが曳航索を切り離したためホーネットは停止状態であったが、命中した魚雷は1本だけであった。魚雷は第二エレベーター側部の右舷に命中し、これにより傾斜が14度に増大しメーソン艦長は総員退艦準備を発令した。続いて瑞鶴からの第3次攻撃隊がホーネットを攻撃、まず艦爆の攻撃により至近弾1発があり傾斜がさらに増大し艦長は総員退艦を命じた。次に艦攻が爆撃を行い800キロ爆弾1発が命中した。乗員の退艦終了後、第二航空戦隊の第3次攻撃隊が現れホーネットに更に爆弾1発を船体に命中させた。この頃になるとアメリカ軍はホーネットの放棄を決定し、駆逐艦マスティン(USS Mustin, DD-413) およびアンダーソン (DD-411)((USS Anderson, DD-411) に自沈処分を命じ、マスティンが魚雷8本を発射しその内の6本が命中し、続いてアンダーソンも8本の魚雷を発射し6本を命中させるも発射した魚雷の威力不足や性能不足からホーネットは沈まず、2隻はさらに5インチ砲弾430発を打ち込んだが、日本艦隊が迫ってきたのでマスティンとアンダーソンはその場から避退していった。追跡する日本艦隊は、「事情許さば、拿捕曳航されたし」と連合艦隊参謀長であった宇垣纏少将の命令を受け、「巻雲」とともに「ホーネット」追跡の命を受けて、前衛部隊から分離し、日が暮れようとする海原を前進すると、彼方から遠雷のような砲声を聞いた。これは、先に「マスティン」と「アンダーソン」がホーネットに砲弾と魚雷を撃ち込んでいた音だったと考えられる。やがて、前方の水平線上が赤味を帯びている船体を発見し、接近してみると炎上して漂流中の「ホーネット」だった。「ホーネット」はいたるところから火を噴き、艦首からは曳航されていたことを物語るロープが数本垂れ下がっていた。また、甲板上には戦死した兵員の遺体がいくつか横たわっているのが確認された。駆逐艦長相馬正平少佐は、浸水による船体の傾斜や火災によってホーネットの拿捕曳航は困難だと判断し撃沈する事にし、先ずは砲撃により「ホーネット」を撃沈しようと決心し、備砲の照準を吃水線下に合わせて砲撃を開始した。しかし、砲弾は命中するもののホーネットは微動だにしなかったので、24発撃ち込んだところで砲撃は打ち切られた[3]。次に爆雷投下で穴を開けて「ホーネット」を撃沈しようと試みるも、爆雷の投射距離が50メートル程度で炎上中の「ホーネット」に接近する事が危険であったので断念し、魚雷での処分に切り替えられた。「ホーネット」の右舷側に移っておよそ2,000メートルの間合いを取り、深度5メートルに調整された酸素魚雷を2本発射。「巻雲」も2本発射し、4本のうち3本が命中した。右舷への傾斜が強まった「ホーネット」の姿を見た相馬艦長は、この光景を軍令部に報告提出すべく写真撮影するよう命じるが、航海長に「夜ですから写真は無理ではないですか」と意見されたため、スケッチで「ホーネット」の姿を記録する事となった。スケッチは絵の上手な中島斎信号員が行う事となった。中島信号員が「細部が見えない」と申し出ると、相馬艦長はスケッチの助けにしてやろうと「探照燈照射用意」と令して、「ホーネット」に向けて何度もサーチライトを照射した[5]。この行為は自らの存在を敵潜水艦に知らしめることにもつながりかねず、事情を知らない他の「秋雲」乗組員は驚き、「巻雲」からは「如何セシヤ」の発光信号を送った。相馬艦長は周囲の驚きをよそに5回、6回もサーチライトの照射を行い、「大胆というか、無謀というか」所業の助けを得た中島信号員は、無事にホーネットの最後の姿を描ききることが出来た。中島信号員が描いたスケッチは後世に残された現存する。やがて「ホーネット」は傾斜と火勢が増し、10月26日22時34分にサンタクルーズ諸島沖に沈んでいった。




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