一、目的 近距離に接近し来れる敵艦船を攻撃するに適し、且つ大量生産に適する陸上攻撃機を生産するにある
二、型式 タービンロケット 双発 単葉型
三、主要寸度 極力小型とし折畳時の寸度を
全幅 5.3m 全長 9.5m 全高 3.1m以下とする
四、整備発動機 TR12 2基
五、搭乗員 一名
六、性能 (1)飛行性能
ⅰ最高速度 海面上275ノット
ⅱ航続距離 50番爆弾装備 海面上全力にて110マイル
25番爆弾装備 同 150マイル
ⅲ上昇力 特に数値を示さざるも、後脚出時 過小ならざる事
ⅳ離陸滑走距離 離陸促進装置を使用せる場合無風時350m以内
ⅴ降着速度 軽荷にて80ノット以下
(2)安定操縦性能
旋回並に切返し容易にして一般特殊飛行可能なる事、高速時舵が良好にして航跡修容易なる事
七、強度 強度類別Ⅲ類とす
八、兵装 爆弾兵装 無線兵装
九、防御 (1)操縦席 操縦席前面に厚さ70㎜の防弾ガラスを装備し操縦席下方並び後方に厚さ
12㎜程の防弾鋼板を装備する事
(2)燃料槽(タンク)厚さ12㎜の内装式防弾槽となす事
十、装備計器 動力計器 航法計器
十一、一般装備 0式落下傘 自動消火装置 酸素吸入装置 救命筏
十二、固有性能を満足すれば極力航続距離伸延を図る事(ドロップタンクの装備)
上記の要求案を受領し小泉製作所は、動きだした、機体の設計は本館3階で松村健一技師の統率の元で開始され、機体呼称は機密上から「マルテン」と言われていた。昭和20年1月28日には、試作工場である9号棟で実物大模型のモックアップによる視界木型審査を行い、所長より試作宛橘花工事命令書を受領した。その後の橘花設計部署は2月17、18日に佐野へ移転する。初期は資材不足の時局を反映して強度に関係しない燃料タンクを軟鋼板で再設計を行われたが、技術データ不足で市販のブリキ板で基礎データを集めねばならず苦労の割に遅々として進まなかった。しかし「完成を一刻も早く」との指示により、慣れた軽合金製に戻って開発を加速した。昭和20年を迎え試作を着手し橘花の形が見え始めていた2月10日太田地区に空襲警報は鳴り渡り、B-29の90機による大空襲となった。標的は陸軍機の主力工場であった太田製作所であったことから、小泉製作所には被害は無く橘花も無事であった。その後も艦載機による空襲は散発的に続いたが、2月25日艦載機60機による小泉製作所の大規模な爆撃が行われた。設計者達は防空豪のなかから、急降下しては機銃掃射を繰り返す敵機に「ちくしょう!」と声をあげる以外に手は無かった。夕刻に空襲警報が解除となり、急いで橘花の組立工場に向かったが、試作工場のスレート屋根はほとんど爆風で吹き飛んでいたが、幸いにも橘花は無事であった。この日は午後から大雪となり午前の空襲による轟音に対し、妙に静寂な中で後始末に追われたという。
次回につづく
