マスタングに描かれた意外なキルマーク1944年、第82戦闘航空軍のパイロットであったルイス・ガーデス大尉は乗機のP-38戦闘機のエンジントラブルからイタリア上空で脱出し一時ドイツ軍の捕虜になったが、捕虜収容所からの脱走に成功しドイツ軍の後方地域を横断して、1944年5月には連合軍の占領地域に戻り部隊に復帰する事になったが、作戦任務に復帰する事無く本国へ飛行教官として帰還する事になった。帰国後終戦迄、飛行教官として坦々と過ごす日々に不満が残り太平洋戦線で日本軍機との戦闘を志願し当時編成されたばかりの第3特務航空群への編入を認められ、1944年11月には飛行隊に配備されたばかりのP-51戦闘機に搭乗してフィリピンで再び作戦任務に復帰する事となった。1945年2月7日には百式司偵を1機撃墜し最後の枢軸軍機となったが、それから3日後の2月10日、バタン島掃射の最中に小隊の1機が被弾して海上への落下傘降下を余儀なくされた為、上空の哨戒に当たっていた。その時、日本軍が占領してるバタン島へ着陸しようとしてる1機の米陸軍航空隊のC-47輸送機を発見した。カーデスは輸送機が敵飛行場から離れる様に警告を試みたが失敗に終わった。警告しても無理なら、こいつはもう撃墜してやるしかないと決心し輸送機の両エンジンを射撃しC-47輸送機のパイロットは、もはや海上に不時着するしか選択肢は残されていなかった。海上に不時着した13名の搭乗者と不時着機のパイロットは、無事に救助されルソン島に帰還した。こうして彼の搭乗機BAD ANGELに描かれたキルマークにはドイツ、イタリア、日本の枢軸軍機に混ざって星条旗が描かれる事となった。