丹沢山中に眠る残骸・・・ 2 | 世界珍ネタHunter!

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発見された航空機の残骸について色々と憶測が飛び交った、位置的に近い厚木基地に所属する米海軍機ではないだろうか?と言うのが大方の意見だった。もう少し航空情報に詳しい者は、前年の11月に埼玉県の桶川飛行場を飛び立った間々行方不明になったパイパー機では?との意見もあった。第一発見者の木村清が墜落機の2回目の捜索を友人と試み、現場で赤錆びたレシプロエンジンの間にボロボロになった人骨のような物を発見したと言う情報が飛び込んでくると事態は一変した。この「人骨発見」の一方にマスコミ各社は血まなこになって、必死にその続報を報道しようとした。後に墜落現場から発見された人骨らしき骨の鑑定を行った神奈川県相模原市の北里大学付属病院では、上腕部と思われる骨について、推定身長は150㎝以下で人間ではない可能性があると鑑定された。其の他アバラ骨1本と部位不明の骨数本の鑑定を依頼したが、上記の推定身長からすると「何れも獣の骨」と云う鑑定結果が出た。骨には欠損部分もあり、推定身長の150㎝は恐らく誤っていた可能性が高い。現在ならばDNA鑑定により人骨だと鑑定が出されていたかもしれないが、獣の骨と鑑定され粗末に処分されてしまったのが気の毒に思える。8月19日神奈川県警は地元の津久井署員等60人を動員して第一回の捜索を行っている。この捜索には全国紙の県警担当記者が数名同行したに過ぎない。早朝から山に入山した捜索隊が蛙ヶ岳山頂下の墜落現場に辿り着いたのは、もうお昼をまわっていた。早々に昼食を終えた一行は、まずエンジン一基を発見している。型式は18気筒空冷星形エンジン。9つのシリンダーをクランクシャフト軸を中心に星形に2列配列した、特徴のあるエンジンだった。同行した運輸省航空事故調査委員会のメンバーの1人が、即座に戦前の中島飛行機製の「誉型発動機」だと指摘した。更に木の根元にひっかかっていたタイヤには「常用気圧四・五瓩平方糎」の刻印のある事も確認された。連絡を受けた津久井署でブリジストンタイヤ東京工場に問い合わせた結果、これは昭和19年以降に製作されたタイヤで、主に海軍機に装着されていた事がわかった。18気筒エンジンと高圧タイヤの組み合わせは、海軍機では1機種しかなかった。

陸上攻撃「銀河」

昭和56年9月2日、第一発見者が最初に残骸片を発見してから、既に2か月半経過していた。この日、津久井署は搭乗員の遺骨収集と身元割り出しのための手掛かりを発見するのを目的に第2回目の捜索を実施している。墜落現場のタイヤを中心に行われた捜索では滝の下に半ば埋まっていた主翼、プロペラ等の部品が回収されてた。土中からは、エキゾースト・パイプ、20mm機銃、機銃弾等も発掘された。午後3時下山にようする時間を逆算した形で捜索が打ち切られた。大小さまざまな部品が発見されはしたが、搭乗員の身元に直接結びつく物の発見は何もなかった。人力によって回収出来る残骸は動員された機動隊員によって全て回収されたが、重量があり人力での回収が困難なエンジンは墜落現場に放置され今も墜落した搭乗員の墓標として残る。








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