
サハラ砂漠で「善良な淑女」号が遭難する21年以上も前の1924年7月24日、灼熱のイラク砂漠の上空を飛行していた一機の英軍マークを付けた複葉のブリストル 戦闘機 F2(Bristol Fighter F2)が、急に高度を下げて着陸態勢に入り、やがて砂漠のただ中に着陸し停止した。機からは2人の男が地上に降り立ち、連れだって機を離れ砂漠の上を歩み去った。わかっている事は、此処までである。2人の名はW・T・デイ空軍中尉とD・R・スチュワート空軍少尉で、この日の飛行任務は通常の砂漠上空の偵察飛行であった。予定帰投時刻をとうに過ぎたのに帰投しない事から、基地ではW・T・デイ空軍中尉とD・R・スチュワート空軍少尉の乗機が遭難したと認め帰投しない機体の捜索活動を行う為、基地を飛び立った捜索機は、まもなく砂漠上に着陸してる機影を発見した。乗員の救助の為にただちにその傍らに着陸した捜索機の乗員は、ただ呆然とするばかりであった。機体には何の損傷も故障もなく、燃料タンクには半分ばかりのガソリンが残っており、念の為にエンジンを始動してみると苦も無く始動した。しかし、機上には2人の乗員の姿は無く、機の片側の地上に2人が降り立った足跡が残されていた。その足跡は2人並んで、砂の上に鮮やかに印され、まっすぐに続いていた。そして機から40㍍の地点で突然、ブツリと途絶えていた。2人の残したものは、それだけであった。数百マイル平方に渡る捜索救難活動でも、人影らしいものはただ一人として発見出来なかった。2人が何故機を着陸させたのかは、砂嵐を避ける為だったと推測されたが、2人が何故何処かへ姿を消してしまったのかは、現在でもまだ解けない謎である。

